いずみが起きないようにと祈りながら、水月が必死に心を落ち着かせようとしていると――。

 ――コン、コン。小さく扉を叩く音が聞こえてきた。

(こんな時間に何の用だ? チッ……いずみを起こすようなことをするなよ)

 顔をしかめながら水月は静かに立ち上がり、荷物を避けながら扉へ歩いていく。
 思った以上に体が動かしにくく、一歩進む度に痛みが走る。さほど離れていないのに、扉の所までが遠く感じられた。

 どうにか扉の前にたどり着くと、振り返っていずみの様子を伺う。
 さっきまでと変わらず、深い眠りについたままだ。

 少し安堵して、一瞬だけ水月の顔から力が抜ける。
 しかし、顔を元に戻した時には、目を鋭くさせ、扉をきつく睨みつけていた。

 なるべく音が出ないよう、水月は慎重に扉を引き開ける。
 臙脂色の軍服が見えた途端、背筋に冷や汗がにじむ。

 部屋から出て扉を閉めると、鈍い動きで顔を上げる。
 夕方に会った時と同じ笑顔のグインが、こちらを見下ろしていた。

「こんな時間まで起きているなんて、関心しませんね」

 温和そうな見た目と物腰でも、彼のまとっている空気は、あらゆる汚物が貯められた沼のように淀んでいる。
 よく知らない相手なのに、グインがキリル以上に恐ろしくて厄介な人間だという思いが膨れ上がった。

 息を大きく呑み込んでから、水月はパサパサに乾いた唇を開いた。

「……いずみに用があるなら、朝に来てくれよ。やっと寝てくれたのに――」

「彼女じゃなくて、君に用があるんですよ」

 グインは水月に顔を近づけると、優しく耳元で囁く。

「キリル様から君の話を聞いた時から、興味があったんですよ。今どんな気持ちで彼女の隣にいるのか、ぜひ知りたいですね」

 この男は真実を――自分の罪を知っている。
 水月の頭から足先まで、一気に熱が引いた。

 こちらの動揺を楽しんでいるのか、グインが小さく吹き出した。

「フフ……意外と可愛いところがありますね。そんなに怯えなくても、ちょっと私の部屋に来てくれれば良いだけの話ですから」

 グインが少し顔を離して、水月を真正面から見つめる。
 そして、こちらの髪を撫でた後、その手を頬へと当てた。

「無理強いはしませんよ。私の誘いに乗るかどうかは、君の好きにすればいい」