「彼女は俺じゃなくて仕事を選んだ。でも彼女は今、仕事を選んだ彼女自身を愛してくれる人といる」

「何か難しいね。よくわかんないや」


首をかしげる私に、山辺さんは、



「美紀ちゃんにちょっと重なる部分があるんだよね」

「えー?」

「仕事に手を抜かないところとか、何でもはっきり言うところとか」


私は別に、仕事が好きだから手を抜かないわけじゃない。

単に、私は阿部課長に対して意地になっているだけだ。



「買いかぶり過ぎだよ、山辺さん。私のこと勘違いしてる」

「そう?」

「私はね、課長にパワハラされてんの。だから毎日残業させられてるだけ」

「……どういうこと?」


急に山辺さんの顔が真面目なものになった。

私は肩をすくめてビールを流し、



「妻子ある身で私を口説いて、断られたから腹いせに自主退社に追い込めようって魂胆なんだよ、うちの課長は。ね、それだけだよ」

「それは、『それだけ』とかいう話じゃないんじゃない?」

「うーん」

「そんなのおかしいだろ。どうしてきちんと言わないの? 何なら、俺が専務や次長に言ってあげようか?」

「いいって、いいって。そしたら社内中に知られちゃうじゃん」

「だからって、美紀ちゃんはそんな不当な扱いを受け続けてるのに、我慢できるの?」

「山辺さんはわかってないね。女なんてね、『お前にも落ち度があったんじゃないのか?』とか言われるのが関の山なの。悪くなくても責められる立場なの」

「………」

「っていうか、もし仮に『そのことを証明しろ』とか言われても、常にボイスレコーダーを持ち歩いてるわけじゃないんだから、無理な話でしょ?」

「でも」

「騒がないのが身のためなの。そんで、適当に再就職先を探して、今の会社を辞めて、そっちに移ればいいだけのことなんだからさ。どうにでもなるよ」


気楽に考えていればいい。

悩むからこそ、余計、阿部課長の思うツボになっちゃうわけだし。


私はビールの残りを流し込んだ。