そしてそれは、私が営業課にきて、一年と二ヶ月が過ぎた頃。
「はい、これ。間違いはないと思うけど、一応、確認しといて」
ここのところ、宮根さんは覇気がなかった。
と、いうか、真面目すぎてちょっと気持ち悪いとさえ思えるほどだった。
いや、これはこれでありがたいからいいのだけれど、でも少し、ほんの少しだけ、何かあったのだろうかと思った。
「まさか、何か企んでるんじゃ……」
と、疑いの目を向けてみるも、宮根さんは「馬鹿」と、私に子供みたいな悪口で一蹴するだけ。
「課長。俺ちょっと、外に」
「あぁ、わかった。例の件、くれぐれも頼んだぞ」
宮根さんは荷物を手に出て行く。
その後ろ姿を、首をかしげて私が見ていたら、
「ねぇ、ねぇ、本橋ちゃん。知ってる? あの噂」
隣の席の先輩が、ひそひそと耳打ちしてきた。
「何ですか?」
「宮根さんね、今、やばいらしいんだって」
「……え?」
『やばい』って、どういう意味?
私が怪訝な顔をすると、先輩はさらに前のめりになり、
「ある大口の契約が取れそうだったところで、ライバル会社が安い値段を提示してきて。今、うちが契約取れるかどうか、微妙な状況になってきたらしいの」
「………」
「課長は『これをあっちに奪われるわけにはいかない』っていきり立ってて。宮根さんもプレッシャーみたいよ」
「………」
「今まで、この契約のために会社はかなりのお金を使ったらしいし。それが無駄になるようなことがあれば、宮根さんもどうなるか」
「………」