宮根さんの手から、私はできあがったばかりの契約書類を取り上げようとした。

が、宮根さんはひょいと私の手をかわし、



「課長。俺、今日はもう好きにしてていいですか? 契約取れたし、いいでしょ」

「え? あ、あぁ」


にやり。

宮根さんはまた私の方を向き、



「聞いた通りだ、莉衣子ちゃん」

「何がですか? 私には宮根さんがこの後どうしようと関係ないですけど」

「でも、この書類ないと困るでしょ?」

「……はい?」

「だから、これが欲しければ、社内中、探しなよ。どこかに隠しておくからさ」

「はいぃ?」

「ゲームだよ、ゲーム」


宮根さんは私の顔の前で薄っぺらい紙をひらひらとさせた。

とんでもなく重要な書類なのに、この人は。



「社運のかかった紙きれだ。今日中に探し出せなきゃ、大変なことになるよ」

「『社運のかかった紙きれ』を、『ゲーム』の道具にしないでください」

「だって、莉衣子ちゃんが悪いんだもん」


『だもん』って。


なのに宮根さんは、「ふふふん」なんて鼻歌混じりで、そのままどこかに行ってしまう。

事態を茫然と眺めていただけだった課長は、ため息混じりにぽんと私の肩に手を置き、



「なぜお前はこんな時にあいつの機嫌を損なわせるようなことを言ったんだ」

「……いや、でも、私は……」

「いいか? どうにかしろよ、本橋。課長命令だ。あの馬鹿たれの遊びに付き合ってりやつつ、今日中に書類を完成させるんだ」


ひどい。

私はあの人の世話係じゃないのに。


と、思うと同時に、もう誰もこの営業課では宮根さんの我が儘に逆らえなくなったのだと悟った。