《私耳が聞こえないから、携帯落としたの気づかなかった》


「………!」



やっぱり…

こいつ‥耳が聞こえないんだ……



正直…耳が聞こえない人を初めて見た。



こんなかわいい子が難聴…?

見た目だけだったら、絶対耳が聞こえないなんてわかんねえ。


つーか、顔は関係ねえよ。



ただただ、戸惑うしかない俺。

俺がそんなことしてるあいだにも…女は再びノートになにかを書いていた。






《助かりました。本当にありがとう!》


ノートを俺に見せながら、笑顔で片手を縦にして口元近づけ、ありがとうとポーズをするその女。

俺は戸惑いながらも「うん…」と、一言そう言って頷いた。


そしてその女はノートをカバンにしまい、俺に軽くお辞儀をしてまた歩き出した。




この大学に…
あんな子いたんだ…



俺はそんなことを思いながら、その子の背中をく見つめ、しばらくしてから自分も歩き出し、その子が行った方向とは反対の方向に歩き出した。















♪゙♪゙〜〜〜

♪゙〜〜〜〜





約束通り俺は、修也たちとCLUBに来ていた。
「アハハハ――」

「ウケる〜」


爆音で音楽が流れているCLUB内で、修也たちが酒を飲みながら話している。

俺は盛り上がっている修也たちの横で、ひとり酒を飲んでいた。





「奏どした?なんか元気ないじゃん」


声をかけてきたのは修也。

ちょっと酔っ払っているのが、話し方ですぐわかる。





「んー‥別に」

「なんだなんだ?悩みか?それだったら俺に何でも話せよっ!俺たち親友だろ!」

「悩みなんかねえよ(汗)ただ…」

「“ただ”?」

「………」


俺は一瞬…言葉を詰まらせた。




「奏…?」

「修也、お前さ…」

「え…?」



「“聴覚障害者”って…会ったことある…?」






「は……?」





俺の言葉に、修也は不思議そうな顔をした。







「ごめん、忘れて(汗)」


俺は酒を持って立ち上がり修也から離れると、CLUBで知り合った女友達の元へ向かった。






「奏――♪」

「おう」

「今日“行く”?」


“行く”とは…この場合“ラブホ”(ラブホテル)という意味。
「あ――…どうすっかな…」

「行こうよ!おごるから〜」


俺の腕に絡みついてくる女。

後ろから「奏――!ちょっと来てっ!」と、恵里佳が俺を呼ぶ。




毎日、それなりに楽しい…


好き勝手やってるから、

別にストレスたまらないし。





「奏!今日“行く”よね?」

「あー…」

「奏!!こっち来てってばっっ」

「・・・(汗)」



……ちょっとめんどくさいことはあるけど(汗)


ま。

人生こんなもんなんだと思う。





さっき…大学であったあの聴覚障害者の子が・・


なぜかずっと引っかかっている…


あんなふうに…

なんの計算も、ぶりっこもないように笑う女がいるんだ……






これが俺たちの出会い…



あの日、

あの場所で…

あのタイミングで

お前が携帯を落としたこと…





その偶然を

俺は本当に感謝している…



これが全て始まりだった。
翌日


ざわざわ

ざわざわ



昨夜‥夜中までCLUBにいた俺は、家に帰宅して少し寝て、昼頃大学へ行った。

大学へ着くと、ちょうど昼時の時間で、さっき修也から



――――――――――
【修也】
【Re:】


食堂にいるから来いよヾ(^▽^)ノ

ーENDー

――――――――――


という、メールが入っていた。





がやがや


【学生食堂】



「奏――こっちこっち!」




食堂に着くと、奥の席の方で修也が俺に手を振っているのが見える。

俺は自販機で缶コーヒーを買い、修也たちのところに向かった。





「おはよ!」

「はよ」


修也の隣の席に座り、汗ばむ額を手で拭った。



今は4月の下旬。

いくらまだ春とはいえ、最近は昼間は汗ばむ陽気が多い…





「奏――。昨日はどこに泊まったの?」

「は?」


恵里佳がサンドイッチを食べながら、少し不機嫌そうに聞いてくる。





「泊まってねえよ。普通に家に帰ったけど」

「ふーん…」
不機嫌オーラをむんむん出し、アイスティーをストローでかき混ぜる恵里佳。



何でそんなこと、いちいちコイツに報告しなきゃなんねーんだよ(汗)


恵里佳って、たまに彼女気取りみたいなことするんだよな…

正直ウザイ。


ま、いいけどさ…

ほっとこ。





「あれ奏…お前昼メシ食わないの?」




「うん、さっき食ったばっかりだからいいや…」

「そっか☆」

「お前は食ったの?」

「食った食った!3色丼!」

「うわ、3色丼!食いたかったぜ…失敗した(汗)」



“3色丼”とは…丼に入ったご飯の上に、鶏肉のそぼろと玉子が半分ずつ敷き詰められていて、その上にちょっとだけ紅ショウガが乗っているもの。

3色丼は味もかなりうまく、ここの食堂の人気メニュー。

俺もこの食堂で昼メシを食う時は、3色丼を頼む率は高い。






「…俺、タバコ吸ってくる」

「あ、俺も」


急に口寂しくなった俺は、修也と一緒に、食堂の近くにある喫煙所へ行き、タバコに火をつけた。






「奏さ…」

「あ?」


喫煙所へ入るなり、修也が俺に話し始める。





「恵里佳。どうなん?」





「“どう”って…?」
「恵里佳のこと・・好きにはなれない?」

「………」


俺は一瞬言葉を詰まらせたあと、フッと笑った。






「お前…そう聞けって、恵里佳に頼まれたんだろ(汗)?」

「え゙(汗)」

「バレバレだよ」

「・・・あーそうだよっ(//)」

「ハハ」

「美穂と恵里佳‥仲いいだろ?美穂から聞いたけど、恵里佳…お前のことマジで好きなんだって。」

「………」

「まぁ…好きになれとは言わないけど・・試しに付き合ってみるとか‥どお(汗)?」

「……(汗)」

「無理‥ですよね(汗)」

「なんで敬語になるんだよ」

「ダメだ、俺!お前の性格知っちまってる以上…こんなこと言えねーよ(汗)」

「ははは」


喫煙所の壁に顔をうずめる修也を、俺は笑って見る。





「恵里佳ねー。キライではないけどね…」


かといって、好きではないけど(汗)





「でも…」

「“でも”?」

「…正直最近はキツいなとか、ちょっと思う。恵里佳が俺のこと好きである以上‥常に連んでる俺は、あいつに気使うことが増えるわけじゃん?」

「………!」

「ぶっちゃけ…昨日CLUBでお前らと別れたあと、恵里佳には家に帰ったって言ったけど、俺‥女とラブホ行ったし。」

「あ。そーなん?」

「…恵里佳と付き合ってるわけじゃねえのに、恵里佳に嘘ついたり、気を使ったりすんのはどーなのかなとか思う。恵里佳と付き合えるわけじゃないのに、そんなことすんのは別に“優しさ”じゃなくね?」

「・・・・」
「反対に…俺の彼女でもない恵里佳が、あんなふうに見え見えの嫉妬するのもどーかと思うし。俺が恵里佳の前で、自分の好き勝手できなくて、恵里佳に気を使うのはおかしい話だろ」

「そりゃそうだ」

「だから…最近はちょっと考えるよ。恵里佳とこのまま友達として連むのはどうなのかなって。恵里佳のためにも‥そもそも自分のためにも?連まない方がいいのかなってさ」

「…そっか。なるほどね」


「うん、うん」と頷きながら、俺の話を聞く修也。




「お前は、美穂と恵里佳にはさまれて大変だろうけど…ま、テキトーにごまかしといてくれ」

「…わーったよ(汗)」


俺と修也はほぼ同時にタバコを灰皿で消し、喫煙所から出て食堂に戻った。

食堂に戻ると…恵里佳たちは昼メシを食い終わっていて、化粧を直していた。





「修也〜私デザート食べたいんだけど〜」

「私もー」


化粧品をしまいながら、修也にたかる美穂と恵里佳。




「いいよー。じゃあ、そこのコンビニ行くか☆奏も行くだろ?」

「あー‥どうすっかな…」


別に俺…

コンビニに用ねえし…





!!


そんなことを考えながら、ふと近くの窓側の席に目をやると…

俺の目に飛び込んで来る女の姿が……






………あ。

あれ・・・・




「奏ー!行くよ〜」


恵里佳が食堂の入り口で俺を呼ぶ。




「悪り。先行ってて…」

「早くね〜」

「うん」


先に廊下で待っている、修也と美穂の元へ走っていく恵里佳。

俺はカバンを持ち、飲みかけの缶コーヒーを手に持ちながら、食堂の窓側の席に座っている女に近づいた…

女の近くまで来ると、その子に気付かれないように顔を覗き込む。




・・・やっぱり…

昨日のあの子だ……


窓側に座っていたのは、
昨日携帯を落とした、耳が聞こえないあの子だった…

その子は窓の外を眺めながら、ひとりで昼メシを食っていた。




「……あの‥ぁ。」


そうだった。

声かけても、聞こえないんだよな。


俺はその子の向の席が空いていたので、その席に近づき…その子に軽く手を振った。





「………!」


俺が手を振ると俺の存在に気づいたその子は、ちょっと肩をビクッとさせた…




「よぉ。えっと……昨日・・・・…」


だから。(汗)

言ってもわかんないんだってば。




ガザガサガサ……




俺が戸惑っていると、その子は昨日みたいにカバンからノートとペンを出した。
そしてその子は、さっとノートにペンで書き始めた。




《昨日の携帯拾ってくれた人!》




ニコッと笑って、書いた文字を俺に見せてくるその子。



あ。笑った…

かわいい…




《昨日はありがとう》




ノートに付け足して書いたその言葉を、俺に笑いながら見せてくるその子。

俺は「うん」と頷いた。





「えっと……あ、俺にもペン貸して」

「………!」


俺がノートを指差したあと、次にその子が持っているペンを見ると…その子は俺のしたいことを理解したみたいに頷き、俺にペンを差し出した。


俺はその子のノートを借りて、少し考えたあとペンを握りノートに書き出した。






《ひとり?》


最初の質問がそれかよ(汗)

なんかかわいそうだったかな…


俺がそう言うと、その子笑顔で何度か頷いた。





あ…

えっと……



《ごめんね。昼飯の途中で話しかけて…》


俺がそうノートに書いてその子に見せると、その子は俺が持っているペンを指差したあと、俺に手を差し出してきた。



ペンを…貸せってことだよな…