・・・シロ。


目の前にいたのは、薫ではなくシロだった。

でも、なぜだ。



犬正シロは現実にはいないはず。

本来ならここにいるのは薫のはず。
なら、なぜ、彼がここにいなくて、シロがここにいるのだ。


「お嬢様、お時間が」
「なぜだ!」

「え?」


「なぜ、キミがいるのだ!どうして、薫ではなくキミがっ」

「やはり、お嬢様は昨夜の出来事を夢だと思われていたのですね。」



夢だと、思っていた。当たり前ではないか。


夢でないというなら、昨夜は・・・


「ちがっ・・・うのだろ?薫は、ここにいるのだろ?なぜ、だ?今日は薫はどうしたのだ?まだ、寝ているのか?なら、私が起こしに行ってやろうか。そうすれば、薫は」

「いませんよ。」

「そんなわけないだろうっ。きっとまだ自室で」
「いません」

ゆっくりとベッドから降りる私の背中にぶつけられた現実。

それでも私は前に歩いた。


「薫も寝坊することがあるのだな。初めてではないか。今日は記念すべき」
「いないって言ってるだろ!」

「っ・・・」



「薫さんはこの家から」


「やめろ!」

「昨日出て行ったじゃないですか!」


「いやぁぁぁぁぁっ」



昨日の悪夢がよみがえる。

歩いていた私の足が止まり、その場にしゃがみ込む。

両耳を押さえても聞こえてくる。
それは、私の頭の中で繰り返される、薫の言葉たち―――


『俺、今日でこの家出ていく』