「はいはい。もう泣かないでください。」


この部屋には、私と薫しかいない。


でも確かに今声がした。


距離も、近いだろうと思う。

その声は、男の声で、とても優しそうな声で、私の心に響いた。




「ごめん」


薫の口から出た言葉。


その言葉を聞いた途端、私の涙が速度を増して流れていく。

「でも、姫乃は一人じゃないから。」

薫のそんな優しい言葉は、私の心に届かなくなっていた。


もう、何も信じられない。私は、一人になったのだ。


ピピッ―――


薫のケータイが鳴った。

その音は、あることを知らせる電話。


「はい。・・・はい、大丈夫です。わかりました。今、降ります。はい。では。」

ピッ―――


「か、おる?」

「俺、行くな。今の電話、柏野さんからだったから。」


柏野、先程の電話も柏野。そう、この家にはまだ柏野という人物がいる。


この人物は、薫の専属ドライバー。


鬼城家には、ドライバーが2人いる。

柏木は、私、薫、父さま、母さまのドライバー。

柏野は、薫だけのドライバー。


執事には何かと忙しいことがたくさんあるために、別で専属のドライバーをつけている。



その柏野からの電話。


先程は、ただどこかに出かけるのだろうと思って気にはしていなかった。

ただ、その『どこか』をもっと気にするべきだったのだ。


「じゃぁな。・・・姫乃、お嬢様」