ミトは、もう一度カシェの唇を吸ってみた。
柔らかく、純粋な皮膚の味しかしない唇に、ミトは安堵を覚える。
…留まれる場所は…

「カシェ、これを壁に貼ろう」
銀色のケースの中から、束なった紙片を掴む。
「水で貼るから、バケツで汲んでおいで。ついでに、土も取ってきて」

カシェは笑顔で小屋から出て行った。
そして、すぐに戻って来る。バケツを持って。
バケツの中は、川の水と土が入り混じった泥水。

「ほら、こうして貼るんだよ」
無造作に掴んだ紙片を、バケツの中で掻き回し、一枚一枚剥がしながら、ペタペタと貼っていく。

一枚一枚剥がしながら、一枚一枚重ねながら。

カシェもバケツを掻き回す。無邪気な仕草が愛しくて、ミトは唇でカシェに触れる。
「ミト、スキ」


僕たちは、はりめぐらされた、この紙片の小屋で、ずっと隠れて、留まっていたい。



『逃行少年』終