大切な人のもとに戻ってくる…か。
お母さんは毎日そんな事を思いながら私達に『おかえり』って言ってくれてたんだね。
私の手を握るお母さんの手の上に、更に自分の手を重ねる。
私よりほんの少し大きい手。
でも、私より白くて細くて…決して大きくはない手。
お母さんは本当にすごいね。
こんなに小さな手で、私達家族の全てを包みこんでくれてるなんて。
「ねぇ、お母さん。」
「んー?なに?」
「あの…えっと…おかえり、なさい。」
「っっ永愛……。」
お母さんが私達の事を大切に思ってくれるように、私達にとってもお母さんは大切な人。
だから、私もありがとうの意味を込めて、『おかえり』って言うね。
「……うん、うん。ただいま、永愛。心配かけてごめんね。」
「うんん、大丈夫。」
もういい、もう大丈夫。
お母さんが私達の所に戻ってきてくれて、何事もなく笑ってくれたから、もうそれだけでいいや。
「でも、もう二度としないでね。」
「そうだよ、母さん。姉ちゃん慰めるのも疲れるんだからさ。」
「ちょっっ瞬輝っ!!!!」
お前ってやつはっっ!!!!!
「ははっ、なんだ永愛、瞬輝に慰めてもらったのか?」
「っっもらってない!!!」
「いーえー慰めましたー。姉ちゃん嘘はよくないなぁ。」
「くっ!!」
この野郎、ドSの顔で笑いやがって。
今でこんなんじゃ、将来が思いやられるぞ…。
「はははっ、永愛遊ばれてるなぁ。これじゃ瞬輝の方がお兄ちゃんみたいだぞ?」
……瞬輝、ごめん。
やっぱさっきの言葉取り消すわ。
お父さんと瞬輝の笑った顔、そっくりだ。
最近似てきたなぁとは思ってたけど、ここまでとは思わなかった。
でも、なんか言われ続けるのはしゃくだ。
…なので、反撃にでたいと思います。
「………もう怒った。お父さん、そんな事言うならお弁当あげないから。」
「えっ」
「まぁ旨いかどうかは解んないけどね。」
「瞬輝、あんたにもあげないからね。せっかく唐揚げもあったのに。」
「はっ?!唐揚げ!!?」
どうだ、二人とも。
私にだってお父さんの遺伝があるんだぞ。
「ふふふっ、瞬輝と先生の負けだー。」
………ん?
「「……先生?」」
「おい、麻椿。間違えてる。」
「えっ…っあぅっっ!!!!」
「へー…母さん、父さんと二人の時は先生って呼んでるんだぁ。」
「キャーッ禁断の恋だぁっ!!」
「ちょっやめなさい二人ともっ!お母さんは雄輝っていったのっ!」
「いやいや、思いっきり言ったから。母さん、その嘘は無理があるよ。」
「あははは…ラブラブだぁ」
「なっ永愛!!!!!」
やっぱり、いいね。
家族が揃うのは。
心がすっごく暖かくなる。
皆、好きだよ。
本当に好き。
赤ちゃん、早く産まれてきてね。
それで、皆一緒に家に帰ろう。
この暖かい家族の家に。
『いよいよの時』
――――――――――――――………
「はぁっ…はぁっっ…」
あと少し。
『姉ちゃん、さっき電話があって、母さんがっ』
あと少しで…。
『すぐ来てっ!!姉ちゃん早く!!』
「おかぁさ…っっ」
待ってて、お願い。
あと少しで……ドンッッ
「キャッ!!!!!」
「うわっっ」
し、しまった。
曲がり角に人がいたなんて…また確認もせずに突っ走ってしまった…。
「あの、すいま………」
「あ、あぁっこの前の女の子だ。」
倒れた身体の横にある二本の松葉杖。
足に巻かれた白い包帯。
私の前に倒れているのは………
「あ…この前の……って、そうじゃなくてっ!!!すいませんっ私また確認もせずに走っちゃってて……」
私が衝突してしまった相手は、この前瞬揮といた時に衝突してしまったあのスポーツマンの男の人だった。
また会えて嬉しいと思う反面、同じ過ちを同じ人にしてしまったという自分への情けなさに恥ずかしくなってきた。
「はははっ別にいいよ、怪我もしてないし大丈夫だから。それより、そっちこそ大丈夫なの?」
「え?私?」
「何か急いでるんだろ?」
男の人の言葉で思い出した。
そうだ、私急いでるんだった…。
「ねぇ、それって良い事?悪い事?」
「え……あっ、良い事!!もうすぐ赤ちゃんが生まれるんですっ!!」
「へーそうなんだっ!!そかそか、良かったな。」
「っっっ!!!!!」
私の身体に動揺が走る。
そして動揺と一緒に熱も走っている気がする。
『良かったな』と言った瞬間、無造作に私の頭の上には彼の手が乗せられた。
2、3回軽く撫でられて、その後に軽く笑いかけられた。
……やばい、やばいやばいやばい。
なんか無駄に心臓が動いている気がするぞ。
それに全身に汗が…緊張が……。
「じゃぁ、俺そろそろリハビリの時間だから行くわ。赤ちゃん無事に生まれてくるよう俺も祈っとくな。」
「あ、はいっありがとうございます!!」
すごく短い時間の会話。
それでも、それだけでも私の胸はいっぱいいっぱいで。
この矛盾した気持ちは何だろう。
話したい、でも話すのは緊張して怖い。
「じゃぁな。」
でも、これで終わりにしたくないっ!!!
「あ、あのっ」
勇気を振り絞って出した声は、弱弱しくも彼の耳へと届いた。
歩きだしていた足を止め、もう一度私の方へと顔が向けられた。
「どうした?」
「えと、その…名前っ聞いても、いいですか?」
手が自然と震える。
こんな気持ち初めてで。
あ、いや二回目かな。
「………南中2年。」
「え?」
「南中2年の朝日隆也。」
「南中……」
私と同じ中学…先輩、だったんだ…。
「なぁ、そっちの名前は?」
「あ、すみません。私は冨田永愛、南中1年です。」
「そっか、同じ中学の後輩だったんだな。よろしくな。」
「っっはい!!!」
ただ名前を教えて貰えただけ。
ただ名前を知って貰えただけ。
それだけなのに、こんなにもドキドキして凄く嬉しくなる。
この気持ちって………
「あ、いたっ!!姉ちゃんっこんな所で何してんだよ!!」
「ん?あ、そうだった―――っ!!!」
大事な事忘れてたっ
赤ちゃん!!!
もうすぐ私達の家族が生まれるんだった!!
――――――――――………
「永愛、父さん一度家に戻るな。」
「え…?」
「瞬輝を家に連れて帰ろうと思う。明日も部活だろうし、何より今も疲れて寝てるからな。家のベッドで寝かせてきたら直ぐ戻ってくるよ。」
……そっか、それもそうだよね。
ここに全員がいなければいけない事なんてないし、それにこのままここで寝かせとくのも可哀想か。
でも、今ここで二人がいなくなったら私一人…。
「直ぐ戻ってくるよ。…っといっても一人は不安だよな。永愛も一緒に家に帰るか?」
「っっ………うんん、ここにいるよ。大丈夫。」
「そうか。じゃぁちょっと待っててな。」
「うん。」