「あれだけ甘えろと、頼れといったのに…何でまた我慢したんだっ!!」
「せ……」
「どれだけ心配したと思ってるんだ…」
肩が…震えてる……。
私を抱きしめる手にも力がこもって…。
「先生、泣いてるの?」
私の左手にも自然と力がこもる。
「……麻椿に、何かあったら…」
そう呟いた後、小さく鼻をすする音がした。
ごめんなさい、先生。
私何も解ってなかった。
こんなにも先生を不安にさせてたなんて。
私、最低だね。
「ごめんなさい…。」
先生の涙につられるように、頬に涙が伝っていく。
迷惑をかけないようにって考えてたけど、間違ってた。
甘えることも頼ることも大切で、必要なこと。
迷惑をかけない事より、ずっと傍にいる事の方が大切。
ずっと先生から言われてたのに、私はまたその事を忘れてしまっていたんだ…。
「もういい、謝るな。何もなかったんだから、それでいい。」
いつのまにか普通に戻っていた先生は、いつもの落ち着いた声だった。
「本当に危ない状態だったんだぞ…ばか麻椿。」
「…うん、ごめんなさい。」
少しだけ開いていた目を、ゆっくりと閉じる。
身体に感じる先生の全てが心地いい。
大きくて、あったかくて、シャンプーの匂いが更に私を大きく包みこんでくれる。
私の、安心の源。
少しして二人の気持ちが落ち着くと、先生は私から身体を離した。
…先生の顔、やっとまともに見れた気がする。
朝会ったはずなのに、不思議と久しぶりに会ったかのように感じる。
「麻椿。」
「ん?」
起き上がった先生は私を見て、そして左手で私の頭へと触れた。
「一人で、よく頑張ったな。」
「………。」
「すぐに助けに行ってやれなくてごめんな。」
「っっ……せんせ。」
ねぇ赤ちゃん。
あなたのお父さん、すごく素敵な人でしょ?
不器用だけど優しくて、あったかくて、愛に溢れてる。
こんな私なんかでも受け入れてくれる、お母さんの大切な人なんだよ…。
赤ちゃん、今まで我慢ばかりさせてごめんね。
もう大丈夫だよ。
もう、頑張らなくていいからね。
お父さんもお母さんも楽しみに待ってるから、早く産まれてきてね。
「この子の名前、どうしようか。」
「んーそうだね。そろそろ決めなきゃ。」
それと、赤ちゃんのことを待ち望んでいる人達があと二人。
赤ちゃんのお姉ちゃんとお兄ちゃんも、待ってるからね。
「永愛は二人でだけど、瞬輝は俺がつけたし…この子は麻椿がつけるか?」
「うんん、二人でつけよ?」
「……そうだな。」
静かな病院の個室で、先生と寄り添いながら産まれてくる赤ちゃんの名前を考えた。。
『視線の先』
「もうすぐ着くからな。降りる準備をしときなさい。」
「うん…わざわざありがとう、おじいちゃん。」
あれから瞬輝と荷造りを済ませ上田のおじいちゃんを待っていると、なんと、まさかのまさかでおじいちゃんが車に乗って私達の前に現れた。
おじいちゃんは私達のお母さんのお父さんで、田中財閥の会長でもある凄い人。
普段はあまり会う事ができないけど、会えた時は勉強を教えてくれたり、遊んでくれたり、色々な所へ連れて行ってくれる。
優しくて格好いいい私達の自慢のおじいちゃんである。
「車とめたら追いかけるから、二人で先に病室行っててくれるか?」
「うん、解った。瞬輝行こう。」
「ん。じいちゃん、ありがとう。」
「あぁ。」
病院に着き先に車から降りた私達に、おじいちゃんは笑顔を向ける。
お母さんが『昔はもっと厳しい人だったよ』って話してくれた事があったけど、この笑顔からは想像もできない。
……あぁ。そういえば、『孫バカなんだよ』とも言ってたっけ。
走りさる車を見届けてから、瞬輝と二人で足早に病室へと歩き出す。
「502号室だっけ、母さんの病室。」
「うん。」
大きい鞄二つと中くらいの鞄一つを持って、並んで歩く。
大きい鞄には二人の入院の用意、中くらいの鞄にはお弁当が入っている。
きっとお父さんはお母さんの傍を離れないだろうから、病室で一緒に食べれるようにと瞬輝と二人で急いで作ったお弁当。
まぁ美味しいかどうかは別だけど、食べれないことはないと思う。
「あ、姉ちゃん危ない。」
「え?は?っっぶふ!!!?」
「あっ!!!ぅわ!!!」
ドンッという身体同士がぶつかる音と、お弁当が落ちる音が耳へと響く。
はじき飛ばされた身体からは少しだけ鈍い痛みが走った。
「いったぁ……」
「だから危ないって言ったじゃん。前見て歩けよ。」
「…瞬輝。あんた言ったって言うけどね、もうちょっと危機感あおるように言ってよ!!冷静すぎるわ!!!」
「何俺のせいみたいに言ってんの?姉ちゃんが前見てなかっただけだろ。」
「それはそうだけ…「あのっ!!」」
「「!!!!!」」
廊下の真ん中で姉弟喧嘩をしかけていると、横から声が入ってきた。
「すいません、俺もよそ見してたんで……。」
声の方に目を向けてみると、そこには見た感じ私達よりも年上のように見える、長身でいかにもスポーツマンな男の人が立っていた。
「っっあ、あし!!!」
「え?」
「だから、足!!大丈夫でしたかっ??!」
背高いなぁ…と見ていて気が付いた。
ジャージのズボンの裾から少し見えている包帯に巻かれた足に、腕に抱えられた松葉杖の存在に。
あぁ、私は足を怪我している人とぶつかってしまったんだ。
しかも、それに気づかずに姉弟喧嘩まで……
「あははっ、そんなに心配しなくても大丈夫。何ともないよ。」
「…そう、ですか。良かったぁ」
「まぁ実際、ぶつかって転んだの姉ちゃんだけだしね。」
「なっ!!!ちょっとそれ早く言ってよっ!!」
なんか、めちゃくちゃ恥ずかしくなってきた。
よそ見してぶつかって、自分だけしか転んでないのに先走って無駄な心配して…。
駄目だ。
自分のした行動だけど、振り返ってみたらアホすぎる。
できる事なら、今すぐこの場から走り去ってしまいたい。
「はい、これ。」
「へ…?」
瞬輝の言葉から下を向いていた私の視界に、さっき落とした鞄の姿が声と一緒に突然飛び込んできた。
「心配してくれてありがとう。荷物、ごめんな。」
「あ、いえ。こちらこそすいませんでした。」
「じゃぁ、俺行くとこあるから。気をつけてね。」
「はい。失礼します。」
男の人から鞄を受け取り、小さく頭を下げる。
男の人はその姿を見てから、慣れた手つきで松葉杖をついて私達の前から歩いていった。
「…………。」
身長、やっぱり高かったなぁ。
包帯に巻かれた足も、松葉杖を持つ手も。
視線の先に見える全てのものが大きかった。
「姉ちゃん?いかねーの?」
「あ、ごめん。今行く。」
ボーっとしていた頭を振り切り、先に歩いていた瞬輝の元へと走る。
「じいちゃんもそろそろ追いつくかな。」
「うん…たぶん……」
二人で並んで歩きながら、瞬輝にバレないよう小さく後ろを振り返ってみる。
すると、遠くの方にまだ男の人の姿が見えた。
「あの人……」
「え?」
「うんん、なんでもない。」
あの人、名前何て言うんだろう……。