通話を終え、受話器を置く。
出来る事なら今すぐ走りだしたい所だが、教師という職業柄そうはいかない。
周りの先生方に迷惑をかける訳にはいかないし、授業を持っている生徒をいきなり置いていく訳にもいかない。
冷静に、かつ迅速に。
しっかりと手順を踏んでから麻椿の元へと向かおう。
座っていた自分の机を離れ、職員室の一番奥にいる教頭先生の元へと歩く。
幸い今日は一週間の中で一番持っている授業が少ない日で、残りは四時間目と六時間目の授業だけ。
前から作ってあったプリントを渡して自習の時間に変えてもらえば、大きな迷惑をかけないで済むはずだ。
「…教頭先生、お話しがあるのですが。」
「珍しいですね、冨田先生が私に話しなんて。どうしました?」
教頭先生は教師歴30年のベテランの方で、微笑む姿からは母親のような温かみを感じられる。
生徒の事も教師の事も思ってくれる、とても優しい先生で、周りからとても慕われている。
「実は、突然の事で申し訳ないんですが今から早退させていただきたいんです。」
「あら、それもまた珍しい事ですね。滅多にお休みもとらないのに。」
「…残りの授業のフォローはしっかりとしておきます。ですからどうかお願いできないでしょうか。」
いきなりの事で簡単に承諾してもらえない事は解っている。
でも、今日だけは絶対に譲れない。
我慢ばかりする麻椿を助けてやれるのは俺にしか出来ないのだから。
「冨田先生。」