「そんなに心配しなくていい。」
不安な気持ちが伝わったのか、先生が私の頭を撫でてくれた。
「でも…」
それでも、やっぱり心配な気持ちは消えない。
泣いてたりしないかとか、ご飯ちゃんと食べたのかとか…。
あの子達の母親だもん。
心配してしまうのは当たり前でしょ?
「先生、やっぱり帰…」
「麻椿は、今日無理して帰るのと、明日元気な姿で帰るのとだったらどっちがいいんだ?」
「……っっ」
自分の身体を気遣わない私に呆れたのか、先生の顔は少し怒っていた。
そしてその表情を見て、どれだけ先生が私を心配してくれているのかが解った気がした。
「…ごめんなさい。今日は病院でちゃんと寝ます。」
「うん、そうしよう。俺も今日は病院に泊まるから。」
「え?」
起きていた私の身体を寝かしてくれた先生は、そのままベッドの横にある椅子に腰掛けた。
私の手を握り『おやすみ。』と微笑んだ先生は、もう片方の手で頭も撫でてくれている。
先生の手は大きくて暖かい。
子供達によくしているこの仕草は見ているだけで暖かい気持ちになるのだけど、やられてみると想像以上に安心する。
「ねぇ先生。」
「ん?」
「お願い聞いてくれる?」
でもね、今の私はもっと大きな安心が欲しいんだ。
私の温もりや、新しく宿った命全てを包み込んでくれるような安心が…。
『麻椿のお願い<雄輝side>』
俺が病院に泊まると言った瞬間、麻椿は驚いた顔をした。
でもそれを無視して頭を撫でていると、少しずつ目がトロンとしてきた。
やっぱり妊娠だけが原因で倒れた訳じゃなさそうだ。
身体にも疲れが溜まっていたのだろう。
「お願い聞いてくれる?」
考え事をしながら返事をしていると、麻椿から珍しい言葉が出てきた。
お願い?麻椿が?
甘えたり頼る事が苦手な麻椿が、自分からそんな事を言うなんて…。
ビデオ撮っとくべきだった…レアだったのにな。
「せんせ?」
「あ、悪い。いいよ、お願い聞いてやる。」
頭を撫でていた手を頬に当てると、麻椿は少しくすぐったそうに笑った。
「先生の…温もりが欲しい…」
「え?」
トロンとした目に、少し涙がうかんでいる気がする。
頬にあてた手からは麻椿の身体の震えが伝わってきた。
「…どした?」
「うんん、何もないの…。だけど…」
ついに、一滴の涙が麻椿の目から流れおちていった。
枕にできた小さなシミは少しずつ大きくなっていく。
「寝よう、麻椿。きっと明日になったら気持ちも明るくなれるから。」
「せ…せ…っく…」
「朝まで抱きしめててやる。隣にいる。だから何も怖がる事なんてないだろ?」
「ん……。」
「ほら、目つぶって…」
二人で寝るには少し狭いベッド。
でも今はその狭さがかえって都合がいい。
麻椿の不安が少しでも減るように、俺は一晩中抱きしめながら眠った。
妊娠は三人目だから大丈夫とか、そういうことはない。
確かに慣れるだろうけど、辛い事は何も変わらないんだ。
それに今回は今までなかった貧血がでたりして、麻椿も不安になったんだろう。
「一緒に頑張ろうな…。」
俺には何もできないし、してやれない。
辛い事は全て麻椿の方にいってしまうから。
でも、できるだけ隣りにいるようにする。
だから、今日みたいにちゃんと甘えろよ?
頼ることが苦手なお前でも、少しくらいはできるだろ?
でも、もしお前が出来なくても俺から甘えれるように仕向けてやるからな。
「ん………」
寝苦しそうな麻椿の頭をゆっくり撫でてやる。
すると、安心したのか少し微笑みながら寝息をたてはじめた。
ウチの家族は何故か俺が頭を撫でるとこうなる。
なんか俺はハンドパワーでも持っているのだろうか?
『お母さんの変化』
――――――――――……
「行ってきます。」
「いってらっしゃい、気をつけてね。」
秋も終わり、季節はもう冬をさしている。
あんなに暑かった夏が嘘かのように、今はとても寒い。
これだけ周りが変化していくなか、私の朝のはじまりだけは何も変わらない。
いつものようにお父さんとお母さんの声で目が覚めるんだ。
「もうすぐなんだから、無理しないようにな。何かあったら電話しろよ?」
「わかってる。心配しすぎだよ、ふふふっ。」
階段で二人の会話を聞くのも、いつのまにか私の習慣となってしまった。
しかし、結婚して大分経つのに本当仲良いなぁ…。
「永愛、お母さんの事頼むな。」
「あ、はーいっ………って、えぇっ!!?」