先生と執事【続・短編】






どうしようかな、もうそろそろ幸穂も起きちゃうだろうし…。





とりあえず服着て、もう一度だけ先生を起こして、その後にご飯だけ作ってしまおうか。





自分の下着や服を着ようと思い周りを見渡す。





が、下着はあるものの服が散乱しすぎて何処に何があるかが解らない。





「くぅっ………。」





この忙しい朝に一枚一枚服を探すのは時間が惜しい。






背に腹はかえられないか、仕方ない…。





直ぐ近くに落ちていた下着を身に着け、その上に私には大きすぎるティーシャツを着る。






これなら何とか下着も隠れるし、後はエプロンでもしておけば子供達にはワンピース位には見えるだろう。






先生、服を少し拝借致しますね。






「よし、とりあえず服は良しとして…。」






朝御飯を作りに台所へ向かう前に、もう一度だけ布団を顔の半分位まで被り、とても幸せそうに眠る先生の顔を覗き込む。






「先生、起きて下さいよ。学校に遅れちゃいますよ。」






「…………スー…スー…。」






まぁそうですよね、そうなると思いましたよ。






これは声だけじゃ無理だと感じ、先生の肩に手を置き身体を優しく揺すってみる。






「せーんせっ!!もう起こしませんよ?遅刻しますよ?」






「んん――………。」






おかしい、いつもはここまで寝起き悪くないのに!!!







もうっ次の日が休日じゃないのにあんなことするからこうなるんでしょう!!







「雄揮、いい加減起きなさい!!遅刻するって言ってるでしょっっ!!」














先生の寝起きの悪さに腹が立ち怒った次の瞬間、グイッと身体がベットに引き寄せられた。






そして、私が目を開けた時には、ベットに引き寄せられた身体は力強くて暖かい先生の腕の中におさまっていた。






「おはよう、麻椿。」






驚く私とは逆に、爽やかに笑う先生の姿が目に映る。






「………最初っから起きてたの?」






「はははっ、ごめんごめん。どんな反応するかなって思ってさ。」






やられた、この忙しい朝に遊ばれるとは……。






「ごめん、もうしないよ。ただ、やってみて良かった。」






「何で?私が必死そうで面白かったとか?」






幸せそうに笑う先生に、少し憎たらしく言い返す。





それを感じたのか、先生はもう一度「ごめん」と謝りながら私の頭を撫でる。






その仕草に怒っている自分とドキドキしている自分が入り混じって、気持ちの整理が難しくなっていく。






「ねぇ先生?何で?」






先生が何に対してやって良かったと思えたかをもう一度問うと、先生は更に優しく幸せそうに笑った。






「麻椿の必死な姿を見れたのも良かったけど、一番は久しぶりに名前で呼んで貰えたからかな。」






「えっ……。」





「さぁ、もうそろそろ支度しないとまずいだろう。起きるぞ。」





「ちょ、先生まっ……。」





「あぁ、あともう一つ。」






「え?」





私をベットへと置き去りにし先に用意を始めていた先生が、真剣な顔をしながらもう一度私の方へと戻ってくる。







「朝から俺の服着てる麻椿が見れて嬉しかったよ。でも、誰にも見せたくないから着替えなさい。パン焼いて、お湯沸かしといてやるから。いいな?」








「は、はい……。」















バタンッ




な、なに、何なのこの展開は。




先生に何があったんだろうか…昨日から何か甘いんだけど…。




『久し振りに名前で呼んで貰えたからな』




…そういえば、態度もだけど、先生があんなこと言うなんて思わなかったな。




子供達の前ではお父さんとかパパで、二人の時は先生と呼んでしまうからなぁ。




雄揮と呼んだのは確かに久し振りだったかもしれない。




……うん、もう少し呼ぶ頻度増やしてあげよう。




さっきの反応、ちょっと可愛かったし。




「あれ、お父さん?」




「おぉ、おはよう永愛。」




あ、永愛起きたんだな…。




「おはよう…今日は行くの遅いんだね。」




「あぁ、たまには皆と朝御飯食べようと思ってな。」




ふふっ、嘘つき、ただの寝坊の癖にね。




「お母さんは?」




「んー?あぁ、昨日夜遅くまでお父さんに付き合って貰ってたからな。まだ寝てるんじゃないか?」




っっっちょ、ちょっと、何言ってるのあの男は!!!














もう少しの間、二人の会話を聞いていようと思ったが、急いで服を着替えてリビングのドアを開けた。





「ちょ、雄揮!!なにいって……」




「あぁ、麻椿起きたのか。おはよう。昨日は遅くまで晩酌に付き合わせて悪かったな。疲れてない?」




「っっえ、あぁ…だい、じょうぶ。」




「おはよう、お母さん。」




「お、おはよう。」




やられた、また先生にやられた。




さっきも散々からかわれたのに、またはめられるとは私もバカだな…。




私の焦った姿と落胆する姿を見て笑みを浮かべ、先生は冷蔵庫から卵を出し朝御飯を作り始めた。




もういいか、今日は私の完敗だね。




「雄揮、朝ごはん作るの代わるよ。行く準備してきて。」




「あぁ、ありがとう。」





久し振りの先生からの刺激にドキドキさせて貰えたし、今日は完敗を認めてあげる。





先生からフライ返しを受け取り、調理を始めようと卵に目をうつす。





「麻椿。」




「ん?………っっちょ」




「じゃぁ、後は頼んだ。」




やられた、去り際にまであんな刺激を残していくなんて。




卵に移した視線を動かせないまま、顔の火照りだけは増していく。




「お母さん?どうかした?」




「ん?うんん、何も!!瞬輝起こしてきてくれる?」




「はーい。」




もう怒った、今日のお弁当には唐揚げ入れてあげないっっ!!!








――――――『麻椿、名前は二人だけの時に呼んで欲しいな。』















『恋のはじまり』









――――数ヶ月後







「おーいっ、もっと声出せ!!」





「ナイスディフェンス!!もう一本!!」





「次いくべーっっ!!!」






騒がしい空間。





一生懸命な声が響き渡る空間。





足音も、ボールが弾む音も、シューズと床が擦れる音も、何もかも此処でしか聞こえない音が鳴り響いている。






その音や、皆の姿を見ていると、ただただ凄いなと感動してしまう。






同じ中学生のはずなのに、何でスポーツをやっている人達はこんなにも格好良く見えるのだろうか…。






「あ…見つけた……。」






そして、その大勢の中でも、何故か隆也君だけは一際目立って見える。






足の怪我無事に治ったんだ…。






バスケ部にも復帰できてるみたいで良かった……。















お母さんが出産を行った病院でたまたま知り合った、一つ年上の隆也君。





今日はその隆也君に、以前約束したココアと、昨日作ったクッキーの差し入れを持ってきた。





が、持ってきたのはいいのだが…うーん、これからどうしよう。





中々話しかけ辛い空気だし、何せ練習中に声をかけるとか失礼すぎるでしょ。





うむ、ここは一旦引いて、明日のお昼にでも教室に伺おうか…。





いやでも、部活中にって言われた気もするし…。





うううううーん、どうしましょうか…





「よーっし、10分休憩!!休憩後は速攻の練習するぞー!!」





「「「はいっ!!!」」」





え、休憩?





ちょ、やばい、この私の足元にあるのはバスケ部員の水筒である気がする。





とゆうことは必然的に……





「あれ、一年生?何、誰かに用事?」





やっぱり!!バスケ部員がこっちに来てしまいますよね!!
















「えっと、その……。」





「なになに?誰?」





「一年生?」





「誰かの妹とか?あ、それともマネージャー希望とか?」





「ばーか、うちの学校はマネージャー禁止だろ。」





「あ、そっか。えーじゃぁ何用?」






ううううううわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!






怖いよ怖いよ、囲まれてるよ!!





質問攻めだし、色々言われてるし!!





駄目だ、こんな中で隆也君の名前をだしたら、隆也君に迷惑をかけてしまう。






「あ、あの、すみません、やっぱり何でも………」






「んー?どうした、何かあった?」






あ…………。





「おぉ隆也。いや何か一年生の女子が居てさ。」






「一年女子?え、誰?」






「ほら、あそこに居る子。」







引くの、遅かった……。



























一人の男の子の指先を辿るように、隆也君はゆっくりと私の方へと視線を向ける。






引くのが遅かった、遅すぎた。






こんな大事になるくらいなら、練習後とかもっと時間を考えて動くべきだった。






第一、今ここで隆也君に知らないふりとか忘れられてたら、私はどうしたらいいんだろうか。






相手のことも、自分のことも考えられてなかったな…。






「すみません、もう帰り…「っっ永愛!!永愛じゃんか!!」」






「っっえ………。」





あぁ、ちゃんと気づいてくれた…覚えてくれてたんだ…。






さっきまで不安だらけだった心が、不思議と一気に満たされていく。






「何、隆也知り合い?」






「え、妹とか?」







「ばーか、ちげぇよ。入院してた病院で知り合った子なんだ。永愛、約束のことしにきてくれたの?」






「は、はい!!」






さっきまでとは違う緊張が私を襲う。






逃げたいような、でも心地いいような…。






「隆也君、これ良かったらどうぞ。」