「行ってくる。」




朝の6時30分、眠い目をこすりながら階段を降りると、落ち着いた低い声が耳に響いた。





小さい頃からずっと好きな、お父さんの声。






私はその声を聞いた瞬間足を止め、その場にしゃがみこんだ。





「行ってらっしゃい、気をつけてね先生。」





それと同時に、優しい声が響いてきた。





いつものようにお弁当を渡し、ネクタイをなおし、最後にゆっくりとキスをする。





毎朝変わらないこの光景。





恥ずかしい気もするけど、二人の仲がいいところをみると安心する。






あぁ、幸せそうだなぁってさ。
















「あんまり無理するなよ。早く帰れるようにするから。」




「うん、解ってる。」




二人だけのこの朝の時間は、お父さんが閉めるドアのバタンっという音で終わる。



そのドアが閉まる音は私に進めという合図をくれ、又はお母さんを寂しい顔にさせる音でもある。




階段をゆっくり降りていくと、お母さんが私を見上げた。




「おはよう、永愛。朝ご飯食べる?」




「うん、お願い。」




「あ、じゃぁ瞬輝起こしてきてくれる?」




「はーい。」



お母さんに言われ、再び階段を上へと登っていく。




そしてお母さんはキッチンへと歩いて行った。




もともとは寝起きの悪かった私だけど、半年くらい前から別人のように早起きをしている。




朝の6時30分に起きるのは当たり前で、お母さんの代わりに毎朝のように瞬輝を起こしている。









「おーい瞬輝!!起きてー。」




「んー…わかってる……」




何が解ってるんだか、まったく起きようとしてないじゃん。



こっちだって早く朝ご飯食べたいんだから起きてよ!!



「早く起きなって!!」




「あーもう、姉ちゃんうるさい。」




こいつは…永久に眠らせてやろうか…。




昔の私と同様に寝起きの悪いこの男は、私と2歳差の弟『瞬輝(しゅんき)』。




お父さんが、一瞬一瞬を大切に輝くものにするようにと名前を付けたらしいけど…。





全然輝いてない!!!



毎朝ぐーたらしてますよっ、この弟はっっ!!!




「母さんだったら素直に起きれんのに…何で姉ちゃんなんだよ。」




「はぁ??あんたも知ってるでしょ、お母さんの状況!!」





半年前くらいから変わり始めたお母さんの身体の変化は、家族全員に告げられた事なんだから。









「知ってるけど…」




「だったらだだこねてないで早く起きて。」





「へーい…。」





渋々起き上がった瞬輝は、そのまま下へと降りていった。




どことなく納得しきれてない様子にみえるけど、こればかりは仕方ない。




我慢してもらうしかない。





瞬輝が寝ていた布団を綺麗にし、カーテンと窓を開ける。





全部、お母さんが私達にしてくれていたこと。




「おはよー」って笑顔で起こしにきて、部屋に太陽の光りをいれてくれるんだ。





それが当たり前だと思ってたけど、自分で全部やるようになってから、凄く幸せな事だったんだなぁっと実感した。













大人になるってこうゆう感じなのかなぁ。




少しずつ自分でやることを増やすみたいな…。




いつかは親の力無しで生きていくんだよね。





当たり前なことって解ってるけど、何となく寂しいな。






「永愛ー、ご飯できたよぉ?」





「はーいっ、今行くー。」





まぁ、まだ先のことだもんね。





今は目一杯甘えておこう。












『半年前のあの日』