自宅のリビングには、午後特有の陽射しが斜めに差し込んでいた。
窓を開け放つと、何処からか夕飯の匂いが風に乗って入って来る。
もうしばらく、このまま都合のよい空耳を味わっていよう。
兄は、去年の一件を私が知っているという事を知らない。
私が兄の為に出来る事などひとつも無い。
ただ、いつまでも甘ったれで泣き虫なちび助の妹で居続ける事くらいだろう。
コートのポケットからくしゃくしゃの千円札を出した。
私は
兄からもらったこの三千円を
使えないままに
母の涙と想いと共に
大切に残しておくつもりだ。
《完》