父の仕事用の小さな軽ワゴンに何やら機材を積み込み、私と兄はほとんど十数年ぶりに二人で車を走らせた。


─まず、T町に行って機材降ろして、それからS町に行って…


長い体を折り曲げ、狭い助手席に窮屈そうに収まった兄が道案内をする。


─T町に出る道、分かるか?


本当は分かっていたが、兄に「次の信号右」などと道案内されるのが何故か心地よく、私は知っているとも知らないとも返事せずにただ黙ってハンドルを握った。


車を走らせてすぐ、兄の携帯にひっきりなしに電話がかかってくる。
仕事にトラブルでもあったのだろうか、得意先らしき電話の相手に何かを説明したり謝ったりしている。
その電話を切ってすぐにかけた相手は部下だろう、しばらく相槌を打ってから、指示を出している。

舌を鳴らし、電話のやり取りを繰り返す兄の横顔は、悪態をつきながらも生き生きとして充実しているように見え、私は何とも言えない安堵感に包まれていた。



春への登り道を辿る陽射しは柔らかく、何の花だろう、甘い香りが風に乗って車中へ流れ込んで来る。