もし本当にそうだったら、智先輩の絵は下手すぎだ。

「あー、この景色見たことある。水瀬の山の眺めだね」

 そう言って智先輩はページをめくる手を止める。

「はい、山です。でも山の名前なんてよくわかりますね」

「んー、僕はつい最近までこの山から山を七つ越えた、世の果てみたいなところに住んでいたから。この山の持ち主は友達の一族だしね」

(冗談、だよね?)

 智先輩は嘘みたいなことを、時々真顔で話す。

 どこまで冗談でどこまで本気かよくわからない人だ。

 そもそもこうして私と一緒にいてくれる理由も不鮮明だ。

 気まぐれ、というのが一番の理由なのかもしれない。

 絵を見ている時、智先輩の表情はクルクルとよく変わった。

 無邪気で子どもっぽくて、見ていて飽きることがない。

 けれど優しさのこもった眼差しだけは変わらずに注がれている。

 言葉を借りれば、智先輩に見てもらえる絵は幸せだ。

 ――ついでに、それを描いた人も。

「なんかこう……一枚一枚から、その世界の空気が漂ってくるんだよね。それってすごいことだと思う」

 智先輩に誉められて、私は少し照れてしまう。