「海、ってこんなに広いのね」
「季節はずれだから、誰も居ないけどね。
でも誰も居ない方がいいでしょ」
千崎を見上げる。
「あなた、すごい自由人なのね。財閥の後継者ともあろうお方が、そんなのでいいの?」
打ち寄せる波際まで、足を伸ばした。
季節はずれの海水は、冷たかった。
「何言ってるの?うちの会社は、一般市民のウケを狙ってるんだから、たまにはこういうところに来ないとね。俺らの考えと、一般人の思考は違うからね」
「きゃっ?!」
千崎は笑顔のまま私を担ぐと、そのままずぶずぶと海の中に入っていく。
「ちょ、降ろして・・・・・・」
「だって梓ちゃん、怖がって入らないからね。入ってみないと分からないよ?」
千崎が立ち止まると、そのままそこに私を下ろした。
ひやり、と海水の冷たさが足に伝わる。
「・・・・・・冷たいわ」
「十月、ってのがいけなかったかもね。夏だったら気持ち良いくらいだよ」
水温に慣れてきた足で、海水を蹴ってみる。
水波が立って、また消える。
初めての体験に、胸が踊った。