「そうですね、僕の趣味は、音楽鑑賞です。
特に小さい頃からクラシックが好きで、暇があれば毎日聴いてます」
「クラッシックですか。私も好きですけど、あんまり詳しくは無いですわ」
「僕も、ただ聴いているだけです。詳しい事は良く分からないくらい」
千崎蒼人は、紅茶の入ったカップに口を付けながら、そう言う。
それから和やかな雰囲気は三十分くらい続いて、場の空気は使用人の声によって、崩された。
「奥様、そろそろ時間です」
扉の方向を見遣ると、遠慮がちにエプロン姿の使用人は立っていた。
緑さんは慌てて時計を見る。
「あぁ、本当ね。今行くわ。ごめんなさいね、空気を壊してしまって。私はこれから仕事で出かけないといけないから、ここで失礼させてもらうわ」
緑さんは私を見た。
「はい、分かりました。気をつけてくださいね」
私は適当に言葉を並べながら、笑顔を浮かべた。
それに緑さんは応えて、立ち上がろうとする。
「っ、」
「それでは失礼しますね、梓、失礼のないように」
「はい」
一瞬、手の甲に痛みが走った。
それでも表情は崩さないまま、立ち上がった緑さんを見上げる。
顔が“失敗したら許さないわよ”と言ってるように見えたのは私だけだ。