「梓、準備は終わったかしら?」


部屋に響く、しゃがれた猫撫で声。


「はい、お母様。今行きます」


荷物をまとめ、私は精一杯の笑顔で“お母様”に顔を向ける。

昨日のことはまるで何も無かったかのように、“お母様”は笑っていた。


これが、私たちの普通、なのだ。

端から見れば、仲の良い親子。

それを演じるのが、私たちの当たり前。


「千崎さんがどんな方なのかが楽しみです」

「そうね、とても良い方よ」


嘘と嘘と嘘を重ねて、顔にも嘘を貼り付けながら、私は“お母様”と並んで歩く。


“お母様”も嘘の塊だし、私も嘘の塊。

それが、良いバランスを保っているから、不思議なものだ。