「梓。高宮夫妻には挨拶したのかしら?」
回廊を上る途中で、その嫌なしゃがれ声は私をとめた。
「・・・・・お母様、今丁度行く所でした」
「そちらにはいらっしゃらないわよ。着いてらっしゃい」
「はい、すいません」
体の向きを変える。
私の前に仁王立ちするのは、一見上品な淑女の雰囲気を漂わせる、“お母様”。
私はこの人が死ぬほど嫌いだ。
欲と、見栄と、世辞で固められた人間。
(・・・・・・・“あのひと” に会おうとしたのに)
内心毒付き、顔では笑顔を作り、私はその人の後ろを着いていく。
「今日の主役は貴女なのだから、もっと楽しみなさい」
「えぇ。とても楽しいですわ、お母様。こんな場を設けてくれるなんて、感謝でいっぱいです」
紫色の紅をさした唇が、不気味に浮かんだ。
そう、こうやって少しでも褒めれば、機嫌なんてすぐに元通りだ。