「ねぇ、そっちに千崎はいるの?」
『誰に口を聞いているのかしら?!千崎さんはまだいらしてないわよ』
声を荒らげたまま、緑さんは続けた。
『こっちはもう準備が整っているのよ。式場や、ドレスだって用意したわ。
貴女が来てくれないと、色々決まらないものがあるのよ。約束の日は今日なのよ?!』
思わず、笑ってしまった。
受話器の向こうでまた、怒鳴り声がする。
「なに?もう婚約する準備はできたの?本当、用意周到だわ、驚いちゃった」
『何を抜けたこといってるの!早く戻ってきなさい!』
要が私の頭を撫でた。
心配そうにこちらをのぞきこんでいる。
それに目配せして、私は口を開いた。
「要との婚約が決まったとき、喜んでいたくせに。千崎というトップの人間が出てきたから、要はもういいわけ?勝手にも程があるわ」
『なんのこと?貴女のことを思って、私は蒼人さんを勧めたのよ』
「あおとさん、だって。あんたは千崎の何なのかしら。
ただ、千崎を自分のものにしたかったんでしょう?浅はかな魂胆が見え見えなの」
要と背中合わせになって、凭れる。
久しぶりに、踵の高い靴で立ってると疲れるなぁ。
「千崎、ね。確かにいいひとだよ。きっと私の将来も楽になるだろうし、絶対金には困らない人生を送れるだろうね。でも、」
珍しく緑さんは黙っていた。
背中に感じる要の熱を感じながら、私は続けた。
「私にとって、私が一番一緒に居たいひとは、要だから。
それが、私にとっての幸せなの」
要を見上げる。
要は優しく笑ってた。