「……ふぅっ。何で緊張感の無い変な方向に壊れるんだよ、せりの頭は。

そこまで逃避したいのか…?」


久遠がなにやらぶつぶつ呟いて。

そして眼差しを鋭くさせた。


「話題を元に戻す。

空から降ってきた武器が、旭が放ったものでないというのなら。


つまり――

激昂していた旭は、

気配を掴めぬまま、"誰か"に後をつけられたということだ。


そしてオレ達は、旭が"幻の旭"を殺して、オレ達にこれを投げた制裁者(アリス)だと勘違いして…仕留めようとした。

旭は"幻の月"を殺した久涅と勘違いして、オレ達を仕留めようとした。

これは事実」


あたし達は頷いた。


「しかし結局これを投げた奴は見つかっていない。オレは姿を見ていない」


その時、凜ちゃんが唇を動かした。


"多分、不可視の制裁者(アリス)だ"



吃驚した。


凜ちゃん、そんなことまで知っているんだ。

凛ちゃん…東京から来たのかな。


「不可視…目に見えない、だって?」


訝しげに目を細めた久遠に、あたしも付け加えるように言う。


「居るんだよ、久遠。

目に見えないけど存在している奴が。


東京にはそんなのがいたんだよ」


久遠は腕を組んで。


「だとすれば、此の地にも、見えないだけで多く潜伏しているということか。

更には旭のような…幻術使いも居るとなれば、先手で何か策を講じないと厄介だな…。

目に見えるものだけが敵だとは限らない、か。だったら…屋敷組だオレ達だと、分散しているのは危険だな」


凜ちゃんが頷いた。


「それに凜、お前感じるか?

今…木々に囲まれたこの空間の外側。

避難している人々の数を超えた…夥(おびただ)しい数の"何か"が犇(ひし)めきあっている気配がする」


「何かって何…?」

「人外のもの」


久遠はあたしの声に即答で。


「それは蛆とか蚕とか蝶とか…?」


「それもあるが…更に気配がある」


静かに久遠が言った。



「言うなれば――

以前の"約束の地(カナン)"の再現」



再現…?

ど、何処らへんの再現?


「まあ…屋敷には蓮と司狼と…そして紫堂玲もいるから、そう簡単にやられはしないだろうが…何せ今、"約束の地(カナン)"には深刻な電気の問題が浮上している。それにかかりきりになれば…戦力が足りなくなるだろう」


そう言った久遠の目は――



「凜、旭。

戦いを覚悟しておけ」


警戒に鋭く。



「ひとまず屋敷に戻る」


それに呼応したように、


凜ちゃんも旭くんも…

厳しい顔つきをしていた。


そしてあたしは――

彼らの表情が告げる"深刻さ"を

やがて目の当たりにすることになる。