「旭だと思ったあの顔は――
月のものだったか…」
久遠は呟いた。
「オレでさえ大変な蘇生術を、そう簡単にできる奴がいるとは考えられない。だとすれば…可能性は1つ。
記憶の復元、幻だ。
笑ったまま逝かせたいというオレ達の願いが、あの顔の表情にさせたのだろう。しかしそれは所詮は幻。鏡の破魔の光には敵わない。
誰が仕組んだのか知らないが、同士討ちでもさせようとしたのか」
久遠は冷たく笑った。
「腑に落ちないのは久涅だな。月の首を引きちぎったのは、幻だと判って何かを牽制しようとしていたからか、ただの非道故か。それとも幻術を施した張本人故、旭を刺客として利用する起爆剤にしようとしてたのか」
「う~~ッッッ…」
旭くんはあたしの胸に顔を埋めて泣いていた。
あたしが着させて貰っている久遠のふさふさに、旭くんが深く深く埋もれていく。
「……。旭。せりの貧相な胸…じゃなくオレのふさふさに涙と涎と鼻水をつけるな。とりあえず顔を直せ」
何だか聞き逃してはいけない言葉も聞こえた気がしたけれど。
いいや、今はその追及よりも、
「あたしの鞄の中にティッシュ…」
鞄を取ってくれたのは凜ちゃんで。
「ありが…」
目が合った時、記憶が再現された。
リアルな唇の感触。
今更蘇る、乱れたような凜ちゃんの吐息。
やばい、やばい、やばい。
凜ちゃんは同性だ。
何ときめいちゃってるの。
しかも視線。
切れ長の目から、真っ直ぐに向けられるこの視線が、妙に心に響く。
責められているような、そんな感覚。
凜ちゃん。
熱烈ちゅうをぶちかましすぎだって。
外見はこんなにCOOL BEAUTYなのに。
結構中身は激情派なんだね。
平静に、平静に。
後で久遠との仲を取り持って上げるからね。
「あ、あの…中からティッシュを…くれる?」
手渡されたティッシュ。
触れ合った指先に、震えたのは凜ちゃんの方で。
そして彼女は、不自然に目をそらした。
そして気づく。
あれ…。
今、凜ちゃんの手に…
赤い痣がなかった?
凜ちゃんから妙な布を見せられた時、内出血のようなただの痣かと思って見過ごしていたけれど、今目にして…何だかそれが血色の薔薇の痣のような気がした。
引き寄せようとした時、あたしの腰が悲鳴を上げた。
やばい。
旭くんの体重が、腰に来る。