翌日さすがに二人そろって駆けつけて来た両親の車で、美咲は病院を退院しその町を後にした。そこが宮城県亘理(わたり)郡の山元町(やまもとちょう)という名の町である事さえ、去り際になって初めて知った。
 県道38号を南に走り、もうすぐ町が見えなくなる所で美咲は一度車を停めてもらい、町の方向に目をこらした。道沿いは見渡す限り津波に流されたままの状態で、遠くにはがれきの山らしい盛り上がった影が見えた。
 美咲は海の方を向いて、ポケットからあの玉虫塗の髪留めを取り出した。それを見つめているうちに、心の奥で訳もなくいらついた気分が湧き上がってきた。
 自分たちの分まで生きてくれとでも言うのか?馬鹿野郎!他人事だと思って気楽に言いやがって。生きている方が辛いことだってあるんだぞ。地震や津波でひとおもいに死んじまった方がよっぽど楽だって、そんな生活だって、そんな人生だったあるんだぞ。それでもあたしに生きろって言うのか!
 美咲は髪留めを右手でつかみ、海の方向へ抛り捨てようとした。右腕を大きく振りかぶり「こんな物!」と叫んだ。だが、美咲はどうしてもつかんだ手を開く事ができなかった。髪留めを手から離す事ができなかった。美咲はそのまま地面にひざをついて顔を伏せたままつぶやき続けた。
「くそ!こんな物……こんな物……」
「美咲!どうしたんだ?」
 両親があわてて近寄って来る。美咲は腕でごしごしと目をこすって、掌を両親の方へ向けて何でもないと伝えた。そして麻里から渡された髪留めで自分の髪をポニーテールにくくり、車のドアを開け、県道38道の彼方を見つめながら心の中でこうつぶやいた。
 ちっ、仕方ねえ。いいさ、生きてみてやるよ。そうだな、とりあえず、「本物のストロベリーライン」ってやつを、またこの目で見られる日が来るのなら、とりあえず、その日まで……