「ど、どういう事なのよ?」
 体が震えよろめいた。娘の方の女性が後ろから美咲を抱き留め、そして小声でこう言った。
「あなたが会っていたという5人はね、みんな、あの日津波に呑まれてとうとう遺体が上がらなかった人たちなのよ」
 それから二人が懐かしそうにこんな会話を交わすのを聞くともなしに聞きながら、美咲は混乱した頭の中を必死で整理しようとしていた。
「ちょうどお盆だったからね。みんな帰ってきてたのかしら」
「当たり前だよ。ここはあの人たちが生まれ育った故郷だ。魂がお盆に帰って来るとしたら、この町以外にどこがある?」
「みんないい人たちだったのにね。明君、新しいバイク買えないままだったね」
「ああ、口は悪いが真面目な働きもんだった」
「学校の生徒はみんな避難して無事だったのに、よりによって入学前の麻里ちゃんが犠牲になったなんて」
「ホームの君枝さんを連れに行ったそうだよ。いまどき珍しい年寄り思いのいい子だったのに、それがアダになるなんてねえ」
「フミじいさんも今となっては懐かしいわね。あたしも何回お尻触られたか」
「まったく。いつものように若い女の尻追いかけて避難所へ行っとればよかったのに。格好つけて吉川先生を助けになんて行くから」
 それを聞きながら美咲は考えていた。じゃあ、あれは全て幻か何かだったのか?あの町の景色も、あの人たちも全て、幻だった?
 思わず両手で顔を覆った。そしてその時、自分の左腕の手首に何かが巻きつけられている事に初めて気づいた。それは赤いゴムひもで、色を散らした漆塗りの木の玉が付いていた。それは麻里がつけていた髪留めだった。別れ際に美咲にくれたあの……