「へったくそだね」

隣にいた友人の小春が言った。

「聞こえるよ、春ちゃん」

川島ゆき、現在高校2年生。
バイトの帰り道である。

駅構内に響き渡るその歌声は確かに下手くそだ。

男子高校生2人組が路上ライブを行っている。

「いや、でも限度ってもんがあるでしよ。」

小春は容赦ない。

「もう。だから、聞こえちゃうよ」

こんな所で歌うくらいだ。

結構なヤンキーに違いない。

ゆきは小春の文句が彼らに聞こえていないか、確かめるようにこっそりと盗み見た。

金髪?茶髪?と思いきや、至って真面目そうな黒髪の男子高校生だった。

意外だなと思っていると、急にボーカルの少年がこちらを見た。

あれ?

うそ…やばい…

逃げなきゃ…!


逃げようと後ろに後ずさった瞬間、ゆきは思いっきり転んだ。

「わっ!!」

「わあ!ゆき!何してんの」

小春も驚いた声をあげた。


恥ずかしい‥‥

穴があったら入りたいとはこういうことを言うのか。

それに気づいた路上ライブを行っていた少年が近付いて来た。

「川島??だよな。大丈夫?」

「元崎…」

まさかこんなとこで再会するなんて。



それはゆきが中学3年生の時だった。

「ゲームしようよ!罰ゲームは隣の席の奴に告白!」

友人の何気ない遊びがそれのきっかけだった。

「えー嫌だよ。」

「おもしろそう」

意見は二通りに分かれた。

が、提案者がクラスのリーダー的存在であるカナコだったため、反対派は意志を貫くことができなかった。

ゆきもその一人である。


まぁ別にいっか。


自分には関係ない。

そんな甘い気持ちでゲームに望んだ。

そしてゆきは見事に負けた。




うそ!まじで…

「はーい。ゆきの負けー。」

暇つぶしが見つかったカナコはイキイキしていた。

「ゆきの隣は誰だったかなー。」

クラスの座席表を確認しながらカナコが言った。

「元崎だね。ガンバ!ゆき」

拳を握りながら、無駄な応援をした。

「待って…本当にするの!?」

「大丈夫だよー。好きですって言えばいいんだよ。
すぐに私達が罰ゲームでしたーって言うからさ。
振られても恥ずかしくないでしょ?」

振られること前提!?

ていうか罰ゲームで振られるって相当恥ずかしいし!

それよりもまず問題が…


ゆきはかなり焦っていた。

どうにかカナコの気を逸らす出来事が無いだろうか。

「今日の放課後決行ね!」

そんなゆきの気も知らずカナコはノリノリで計画を始めた。



放課後-

カナコに呼び出された元崎一弥が校舎裏へと来ていた。

あれよあれよと言う間に準備が整い、
ゆきも流されるままに校舎裏へ連れてこられた。

どうしよう…

カナコ達は近くの茂みに隠れて見ている。

「おぅ川島。どうした?」

定番の校舎裏なんかに呼び出されて、
本当は用件なんて分かっているのではないかと思うと、
ゆきは恥ずかしくて元崎の顔が見れなかった。

「川島?」

覗き込むように元崎がゆきを見た。

風にゆられてか茂みがガサガサと揺れた。

しかしゆきにとってそれは「早く言ってしまえ」

というカナコ達の無言のプレッシャーのように感じた。

言わないと終わらない。

もう、どうにでもなれ。


「好き、かも…」

半ばなげやりで言った。

「え?」

「だから!あの…元崎のこと好きかも…」

好き、という部分だけ妙に小声になった。

「かも。なんだ?」

「いや!かもっていうか…なんていうか…」

何言ってんだ。私!

自分が情けなくて泣きたくなった。

こんな形で伝えたくなかった…。

「じゃあ俺も。川島のこと好きかも。」

「は?」

今、何て?

訳が分からずゆきはその場に固まった。

目の前には満面の笑みの元崎がいる。

「俺も川島が好きだよ。」

すげぇ嬉しい!

恥ずかしそうに顔を背けながら元崎は嬉しそうに笑った。

えぇ!!!!

予想外の出来事にゆきは危うく卒倒しそうだった。

カナコ達もそれは同じだったようだ。


罰ゲームでした

というネタばらしに出てくることもできず、その場で尻もちをついていた。


1人何も知らない元崎だけが終始ご機嫌だった。


こうして、カナコの暇つぶしは思わぬ形で終わりを告げた。


「へー罰ゲームで告白かぁ。陰険なことする子だね。」

学校の教室。

元崎と思わぬ再会をしたゆきは、小春に過去の出来事を話していた。

「でも私もはっきり断れなかったし」

「だね。元崎って子が好きだったんなら、罰ゲームなんて断れば良かったのに。」

おっしゃるとおり。

同じクラスになった時からゆきは元崎が好きだった。

元崎は明るくて優しい性格で誰からも好かれていた。

まさか元崎もゆきが好きだとは思いもしなかった。

「まぁもう2年も前の話だけどね」

「私からしたら2年ってまだ最近だけどね」

次の授業の予習をしながら小春は言った。

「そうかな。ねぇ春ちゃん…」

ゆきは気になっていたことを口にした。

「元崎さ、まだ怒ってると思う?」

「いや、私が知るわけないじゃん。
気になるなら本人に聞いてみれば?」

「えぇ!そんなこと聞けないよ!」

「ていうか、元崎は罰ゲームって気づいたの?」

「うん。私がカナコと話してるの聞いたみたいで」



罰ゲームの告白から3日後の出来事だった。

それを聞いた元崎は怒ることも、ゆきを責めることもなくただ笑った。


本気にしちゃって悪かった。
ごめんな。


彼は笑いながらゆきに謝った。

なんで謝るの?悪いのは私だよ。


心の叫びはゆきの口から出てくることはなかった。


笑っている元崎の顔は泣いているようにも見えた。


「ゆきが覚えてるなら、元崎も覚えてるかもね」

何気なく言った小春の言葉はゆきの胸に深く残るものだった。