確かに彼女のいうとおり僕は旅をするのが好きだった。なぜなら旅の間は知り合いと関わらなくていいから……。

「べつに……なんとなく、だよ」

 彼女は僕の答えをどうとったのか、不意にまったくべつの話を切り出した。

「京介と初めて出逢ったのは、高校にあがってしばらくたったころだったわ」

 両手をシートにつき、足をブラブラさせる彼女。

 自分の爪先を見つめるその瞳には仕草とは裏腹な大人びた、そして昔を懐かしむやわらかな光があった。

「どこの部活にもはいってなかったわたしは、放課後の屋上で暮れていく陽を眺めるのが日課だったの」

 電車の揺れに合わせて軽やかなステップを踏む黒髪。

「ある日わたしの横にスッ、と寄ってきてカレこういったの。

『風邪、ひくよ』って。

 これから夏にはいるって時期に風邪ひくよ、なんて、ヘンな人だと思わない? しかも初対面」

 彼女はおかしそうにクスクス、と笑った。それは外の凍てつくような冬の寒さとはまったく反対の、春の陽のようなあたたかさとやさしさを含んでいた。

 スッ、と顔を上げ遠くを見つめる。

 きっとその先にあるのは過去の思い出と茜色の空。

「やさしかった。ホントに……」

 不意に雫をたたえ始めた瞳に、僕はあわてて話題をそらす。

「弓華さんが留学したのっていつなの?」

 と、いってから自分が馬鹿なことをいったことに気づく。

 留学=京介との別れを意味するじゃないか。

 自分の愚かさに頭をガシガシ、とかく僕に一瞬キョトン、としてから彼女は笑みを浮かべ、

「もっと前から予定はあったんだけどね」

 気づけば電車はスピードを落とし始めていた。

 どうやらそろそろ駅に着くようだ。

 確か次は終点、乗換えの予定。

 停車前に時刻表をチェックし、ふと彼女を眺めると、

「え!?」

 僕の正面にいたはずの弓華がいない。