「京介!」

 ふいにパッ、と彼女が振り向く。

 その瞳の端にうっすらと滲んだ涙。

「あ、あの……」

 お約束な自分の反応に心の中で苦笑しつつ、僕は彼女に話しかけ、

「あ!? ちょ、ちょっと!」

 彼女は口元を押さえながらその場を去ろうと歩き出した。

「ゆ、弓華さん、待って!」

 足を止め、驚きの表情で振り返る彼女。

「どうしてあなたが、わたしの名前……」

「あ!? あの、これ」

 驚きと警戒を表す彼女に僕は慌てて葉書を取り出し、彼女に渡した。

「そん、な……どうしてあなたがこれを!?」

 力なく膝をつき、葉書を握り締めながらすがりつくように訴えかける彼女に、僕はどうしてここにきたかを説明した。

「そんな……」

「プライベートなことだから、どうしようかと思ったんだけど、日時が今日だったから。教えなきゃ、って思って……」

 無言で座り込む彼女の姿が見ていられなくなって僕は目を逸らし、海へと視線を向けた。

 茜色の世界、静寂と形にならない想いが漂う空間。

 ふと、心の中で何かが動いた。

 けれどそれはすぐになくなり、僕は何か声をかけようと彼女に向き直り──

「あれ?」

 そこに彼女はいなかった。

 視線を外していたうちにどこかにいってしまったのだろうか。

 まあそれも無理のないことかもしれない。随分と落ち込んでいたみたいだから。

(もっとも、そんな心配をしても仕方ないか、他人の僕が……)

 僕はマンションに向かって歩き出した。


『他人』という響きにどことなく寂しさを感じながら。