「わたしは四日前、心臓の手術を受けたの。

 そして気付くとわたしはあの夕凪ヶ浜に立っていた。手に、回復したら出そうと思っていた京介宛ての葉書を持って……。

 どうしてかはわたしにもわからなかったけど、それを直接郵便受けに投函し、そしてあなたと出逢った……」

 そういえば、よく思い出してみると切手は貼ってあっても、どこから出されようとそこに当然あるはずの消印がどこにもなかった。

 最初に感じた違和感はあれだったのだ。

「最初は京介に最後に逢うチャンスを神様がくれたのかと思った。でも違ったのね……」

 そういって弓華はやわらかく、そして微笑んだ──哀しげに。

「あなたに、逢うためだったのね……」

 叩き付けるような浜風で僕のコートは大きくはためいたけれど、彼女の髪や服は少しも乱れることがなかった。

「でも、そのことがバレないようにするのって結構大変だったのよ」

 弓華の言葉が右から左へと流れていく。

 あるのは確かな事実の認識……何も感じられず、泣くことさえもできずに……。

「コケたときなんかアセっちゃったわ。だって、いまの身体で怪我なんて、できるのかどうかわかんなかったから。

 でも食べ物とか寒さとかを感じないのはけっこう得かもね」

 そのとき、

「ゆか!?」

 一瞬、ほんの一瞬だったけど弓華の身体が、消えたのだ。

 心臓にナイフを突き立てられたとはこういうときのことをいうのだろうと僕は思った。

 絶望という名のナイフが、油断なく僕の心を狙っている。

(この、感覚……まえにも)

 「もう、ほんとに時間みたいね……」

 弓華の身体はスッ、と浮いたかと思うと、海面すれすれを滑るように後ろに引いていった。

「もう、お別れね……」

――別れ……。

 頭の奥の方で、何かが砕けた。

 次の瞬間、

「ゆか――!!」

 僕は濡れるのも構わず、海の中に駆け出していた。

「涼!」

(あのころも、そうだった……)

 いますべきことが、僕にはある。

(神様、まだ、まだ弓華をつれていかないで。あと少し、ほんの少しの時間でいいから、僕に、僕に時間を……)