「はい、珈琲」

「ありがとう」

　三月に入ったとはいえ、まだまだ夜は冷え込む。

　渡された缶珈琲の火傷しそうな熱もいまの身体にとっては丁度良い暖かさだ。

「あれ、弓華さんは？　お金、渡さなかったっけ？」

「ううん。わたしはいらないから」

　遠慮してるのだろうか？

　けれどワンピースとシャツ、ストールだけという彼女の格好はどうみても僕よりも薄着だ。

　自分の飲みかけを彼女に渡そうとしたが、彼女はいらないといって断った。

「でも、冷えるよ？」

「ホントいいの。わたしには必要ないから。それとも……そんなにしたい？」

　悪戯っぽい笑みを浮かべる。

「なにを？」

「か・ん・せ・つ・キ・ス」

「あ!?　や、その、えと……」

「フフ、冗談よ、冗談」

　まるで年上の女性にからかわれた感じだ。

　うぅ、カッコ悪い。

「電車、遅いわね」

　ホームの白線の上に立ち、後ろ手に指を絡ませ覗き込むように左右を眺める。

　こうやって誰かの一挙一動を眺めることなんて、久しくなかったな。

「ん、あと十分くらいだったかな」

「ふ～ん」

　クルリ、とスカートの裾をひるがえしながらターンしてまた僕の横に戻ってくる。

　東京駅ほどではないけれどかなり広いホームには僕と弓華の二人。

　眼下に見える駅前の街並みは鮮やかなネオンに彩られていたけれど、下よりもホームの方が明るくてなんとも妙な感じだ。

　明るい中の静寂がこれほどまでに寂しく思えるのはこれが初めてじゃない。

　けれど弓華はこの静けさにたまらなくなってきているのか、両肩を抱きかかえてうずくまり少し震えている。

「はい……」

　彼女の肩にコートをかける。

　戸惑ったように僕を見上げる彼女。

「やっぱり、冷えるから、ね……」

「……ん」