教室に入ると、わいわいと賑やかな会話が繰り広げられていた。いつもと同じ朝の風景。でも、ほんの少しいつもとは違う空気がそこかしこに漂っている。

 それもそのはず、今日は一年にたった一度、恋する女の子に神様がチャンスをくれる日なのだから。

「おはよーっ、咲!」

「おはよ、優月。おはよう、かをるちゃん」

 首にからみついてきた優月の腕を笑いながら掴んで、あたしは二人に挨拶をする。

「おはよう、咲ちゃん」と微笑み返してくれるかをるちゃん――彼女こそ、さっきあたしが思い浮かべたもう一人の天然少女、大事な親友の一人である――の頬は外の寒さのせいかうっすらとばら色で、色の白さを余計に引き立てている。

 女のあたしでもドキッとしてしまうほどの可愛らしさはますます輪をかけて成長していて、廊下を通り過ぎる他クラスの男子たちもそわそわ落ち着かない視線をやっているくらいだ。

 ――これじゃあ、あの人も心配だろうな。

 くすっと笑えてしまったのは、ポーカーフェイスで実は独占欲の強い、かをるちゃんの素敵な彼氏を思い出したから。世の女性ならみんな見惚れてしまうこと間違いなしの、大人な美形さんだ。

 そんな彼が、自分より十以上も年下の高校生に骨抜きにされているなんて、きっと実際に見ていなければ信じられないだろう。もちろん、それほどの魅力をこの少女が持っているからなのだけれど。

「どうしたの? 咲」

 優月に訊ねられ、あわてて「何でもない」と答えると、隣で小首を傾げていたかをるちゃんが何か思いついたような顔をする。

「そうそう、渡すの忘れるところだった」

「何? かをるちゃん」

「あのね、咲ちゃんも来たことだし、二人にと思って作ってきたものだから――はい、これ」

 にっこり微笑んで、教室の隅で見せられたもの――それは透明な袋に入ったチョコレートクッキー。

 ちゃんとハートのシールで飾り付けされていて、真心のこもった手作りであることがすぐにわかる。

 二つ分を優月とあたしに渡してくれたかをるちゃんは、嬉しそうに両手を合わせた。