ぶんぶん手を振りながらいつまでも家の前で見送っている母親に一度だけ振り返り、すぐさま前を向く。ゴミ当番なのか、ネットを被せていた近所のおばさんが苦笑して見つめていたからだ。

 その目が、『あいかわらずね、河野さんの奥さんは』と咲に語りかけているのはわかりきっていたし、母親がそんな周囲の目線に気づくはずもないことも知っていた。

「ふう……まったく。まいっちゃうなあ、ママには」

 呟き、通学路を歩き出してからも苦笑は消えなかった。

 なんだかんだ言いつつも、母のああいう天真爛漫――いい年をした母に使う形容ではないことも重々承知だけれど――な性格を嫌いにはなれないし、高校に入ってからは、別の天真爛漫さを誇る可愛らしい友人を思い出すからでもある。

 最近、幸せだからかますます綺麗になった彼女もきっと、今日は特別な気持ちで過ごすのだろうなあ、なんてつい想像する。

 鞄の中をドーンと支配するピンクの箱。母のあったかい愛情が込められたチョコレートの他に、もう一ついつもの持ち物にはないものを確認して、あたしはふっと微笑んだ。

 大きさは母のものの四分の一以下だけれど、意味するところは十分それ以上。ううん、きっと無限大――この箱を受け取って彼がどんな顔をするのか思い浮かべるだけで、つい頬も緩む。

 ――付き合ってから、もう二年かあ。マンネリとか言いながらも、こういうイベントって大事だよね。

 白い息を吐き出し、くるくる巻いたマフラーの中に顔の半分を埋めて、あたしは地下鉄の入り口を駆け下りた。