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「ねえ、中原さんって、彼氏いるの?」
 
春という言葉が好きだ。
そして春がつく言葉も。春眠、春雷、春雨。

だけどこの、春を苗字に持つ上司は嫌いだ。

「何か問題でも」
 
キーボードの上で動かしていた指を止め、右前方を見る。そこが上司、春木の席。
彼はうちの会社にしてはそこそこの美形で、柔和な、それでいて軽い口調の独身男性だ。
魅力と財力を兼ね備えてなお結婚しないのは、つまりそういうことだ、その歳ならば。


「問題って。いつもおもしろいなあ」
 
常に持っている万年筆を片手に春木が笑う。
その姿に私の右隣の同僚が頬を緩ませる。それを見て、私はため息を堪える。

「チャンスがあるかないのか、知りたいだけなのに」
 
それはさらりと言ってのけているようで、実はきっちり狙っているんだと私は思う。
あえて仕事場で言う、他の人が聞き耳を立てている場所で言う。そうやって、いやらしい下心なんてないんだよとアピールしている。