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春は好きだ。
桜が咲いて、暖かい日差しが降り注いで、ちょっと風は冷たいけれど緑の匂いを運んできてくれる。色んなものが芽吹く。たくさんの色が世界を彩る。
 
だけどやっぱり、この春を苗字に持つ男は好きになれそうにない。

「中原さん、大丈夫?」
 
仕事の手が止まっていたのは確かに申し訳ない。
ちょっと考えごとをしてました、なんて取り繕うぐらいいくらでも出来る。だけどしたくない。
だって何もわざわざ私の隣に立ってまで言うことでもないだろう。
 

幸い、同僚は仕事の都合で別の部署へと出かけている。
仏頂面で仕事をしているように見せている一番偉い人は、いつも通り。

「少し、気分転換でもしてきたら?」
 
あくまで部下思いの優しい上司。柔和な笑みに親しみを得やすそうなイントネーション。
嘘くさくて、面倒だ。