神崎奏―かんざき かなで― は高校で知り合った友人とルームシェアしている都内の高層マンションの17階173号室で目覚めた。
21歳という年でこんなマンションに住める理由は、彼女が一般人ではないということ、ルームシェアしている友人も、ある雑誌のモデルとして売れ始めていることにある。
目が覚めると、隣りには友人である葵―あおい―の姿があった。
まだ眠りの中にいる。
艶のある黒髪は肩のところで切りそろえられ、長い睫毛に形の整った鼻と唇。
日本人形のような顔立ちで、最近人気を博している。
奏は葵の額にキスをして、その黒髪をなでる。
葵が有名になっていくにつれて、奏は嫉妬を覚えるようになっていた。
葵が悪いのではないけれど、葵が他の人の目に触れることが苦痛になっていく。
誰がどんなに葵のファンでも、葵は自分だけのもの。
この世で葵を一番に愛してるのはこの自分なのだから。
髪を撫でて弄んでいると、睫毛が揺れて葵が目を覚ました。
漆黒の瞳が奏を見つめる。
「奏・・・、仕事行ってなかったんだ」
「うん、おはよ。葵」
安心したように微笑んでくれるのは、最近奏の仕事が忙しいからだ。
朝目覚めると隣りにいないことが多い。
こうして朝二人でいられるのは珍しいから。
「よかった・・・」
二人で唇を重ねる。
葵の柔らかい唇を味わって抱きしめると、これ以上ない幸せがこみあげた。
二人は同じ地元の同じ高校に通う友人だった。
奏が有名な芸能事務所のオーディションに合格して、その数か月後に歌手デビューをするのと同時に、葵が雑誌の読者モデルとして起用されたことをきっかけに、ルームシェアが始まったのだ。
地元の交通アクセスの良い場所の小さなマンションで高校生活と芸能活動を両立させた後、高校卒業後は都心の今のマンションに引っ越してきた。
恋愛関係に発展したのはそのすぐ後のことで。
一応奏の事務所では、成長株である奏には恋愛を厳しく制限していた。
けれど葵とのことは絶対秘密。
ルームシェアしているとは報告済みなものの、詳しい間柄は秘密にしていた。
「奏・・今日仕事は?」
「今日は午後からダンスレッスンだけ。だから午前はゆっくりできるよー」
「久しぶりだね、そういうの」
葵の幸せそうな顔を見るたび、奏にはえもいわれない喜びが感じられる。
大切にしたい、愛しい存在だった。
あの男と出逢う前までは・・・。