本来《魔法使い·魔女》は、普通の人間とは比べ者にならないほど強い種族。

だがマイは、今までこういう事態を予想したことがなく、大勢に向けた攻撃魔法を使ったことがない。

“知識だけじゃなく、実践的な訓練もしておくべきだった!”

後悔の念に苛まれたマイの耳に、シャッと小気味よい音が届いた。

何かを一瞬にして刻む、突風のような響音。


「なんだお前は!

この辺の人間じゃないな!?

いや、どこかで見たような気が……」

そう言う中年ヒゲ男の声は震えていた。

マイが固く閉じていた目を恐る恐る開けると、そこには、さっきまではなかった少年の姿がある。

「よってたかって、いい大人が女性相手に汚いやり方してんじゃねーよ」

少年は右手に持ったたくましい剣をナナメにかかげ、華麗な動きで中年ヒゲ男の足首に切り込みを入れた。

「うぁああーーっ!!」

「隊長!!」

「一旦出直しましょう!」

少年の手によって足にケガを負った中年ヒゲ男は、仲間の男達に支えられ、この場から逃げるように去っていった。


マイはさざ波のように心を支配する恐怖に足をガクガクさせ、床に座りこむ。


「大丈夫? ケガはない?」

少年はマイに尋ねる。

マイは金縛りにあっているかのように声を出せず、首を横に振るだけで精一杯だった。

少年は安心したように目を閉じると剣を鞘(さや)にしまい、

「あなたを迎えに来た。明日にはここを出るつもりでいてほしい」

唐突すぎる出来事の連続でうまく頭を働かせられなかったマイも、時間の流れと共にその少年の言葉を理解した。

「あの、迎えって?」

「あ、俺はイサ。剣術を習得しているから護衛には自信がある。安心して」

一方的に話を進める少年·イサに、マイはようやく言葉をかけることができた。

「待って下さい! あの、全然話が見えません……。

人違いじゃないですか?

私は護衛なんかされるような身分じゃないですし」

「そっか。やっぱり……」

イサは思いつめた目で戸惑うマイの顔を見つめた。

「街に行けば、あなたが探してる人がいるんじゃないかな?」

マイは店員さながらの口調でイサを追い返そうと必死に口を開いた。

わけのわからない訪問者は、二度とごめんだ。

「いや、人違いじゃない。

それに、あなたは自分の立場をわかってない。よく今まで無傷でいられたね」