というのはもちろん冗談で、若い男性が言乃を見下ろしていた。


言乃は慌てて携帯電話のメール入力画面を表示し、素早く打ち込んだ。

【声の出ない私が行ったら、皆様にご迷惑かと思いまして】

携帯電話を介しての会話。これが言乃の普通の人間とのコミュニケーション。

男性はちょっと驚いた顔をしてから、にっこりと笑った。


「そうかな? ……じゃあ、行こうか」

「えっ?」


聞こえない驚きを発した彼女のことは構わずに、男性は言乃の腕を取った。


「ええぇ!?」

ストレートにまとまる黒髪を真ん中で分けた彼。
掛けたメガネの奥に小さく泣き目ホクロのある、物腰の柔らかい外見からは想像出来ないほどの、突然の行動。


混乱している言乃をよそに、男性は人混みを押し退けていく。
あっという間にテープの前までやってきた。


「さあ、ついたよ」





【ありがとうございます】