茶々の誕生からしばらくの後。

「…ぅ。」

市が、袖で口元を覆う。
顔色も少し悪いようで、
額からは汗が流れている。

「市?いかがした?」

長政が、心配そうに伺う。
その腕には、すくすく育っている
可愛い愛娘、茶々姫が抱かれている。

「大事ございませぬ。…うぷっ」

「大事ないということはあるまい。
 無理をするでない。
 その顔色では、説得力ないゆえな。」
そう言うと、長政は、腕の中の
茶々を乳母にまかせ、市を抱き、

「だれか、床の用意をせよ。
 あと、医師を呼べ」

と、館の奥に入っていった。

「殿…、ご心配おかけし、
 申し訳もございませぬ。」

侍女の用意した床に寝かされた市は、
口元を袖で覆い、つらそうな表情で言う。

「殿、お方さま。医師が参りましてございます。」
そのとき、侍女がそう告げた。

「市、私がそちの心配をするは当然ぞ。
 そのように気にするでない。
 いまは、ちゃんと医師に診てもらい、
 ゆっくり養生するのじゃ。良いな」

長政は、優しい微笑を浮かべ、市の頭をなでると、
その場を離れた。
そして、医師の診察を受けた市は…。

「それは、まことにございますか?
 わたくしのお腹に、ややが…?」

「はい。まことにございます。お方さまは、
 ご懐妊あそばしておいででござります。
 まことおめでとう存じまする。
 お方さま、お腹のやや様の為にも、
 今しばらくは、ごゆっくりなされて、
 お身体をおいといくだされませ。」

医師は、恭しく頭を下げると、足早に
その場を立ち去った。

「お方さま、おめでとう存じます。さっそく
 殿さまに、お知らせせねばなりませぬな。」

お市付きの侍女が、嬉しそうに言う。

「…あ、そうじゃな。そなた、
 殿を、呼んできてくだされ。」

市はまだ、信じられないという風で、
お腹を優しくさする。