そして。翌永禄12年(1569年)

「もう、お生まれになっても良き頃に
 ござりますね、お方さま。」
お市の乳母であり、側近く仕える
侍女が、にこやかに話す。

「そうじゃな。浅井の跡継ぎたる
 男子が生まれると良いのじゃが…。
 いや、丈夫ならばどちらでも良い。
 母さまは、早くそちに会いとうて
 たまらぬのじゃぞ
乳母に返事をして、自らの
大きくなった腹部をさすり、
お腹のなかのややに語りかける。
そのとき、お腹のややが、
お市の思いに答えるかのように、
お市の腹部に痛みが走った。

「う…っく、い、痛…ッッ」
痛みに驚いたお市が、
腹部をおさえ、倒れこむ。

「お方さま!!どうなさいました!?
 お方さま!?」

乳母が駆け寄り、背中をさすり尋ねる。

「ばぁ…や、お腹が…、痛…っ」
苦しそうに市が答えると、
乳母は、凛とした表情で
「お方さま、ややさまが生まれまする。
 だれかある!お方さまが産気づかれた故、
 産屋の支度をせよ!!」
と、市に答えた後、他の侍女に
指示をとばした。

「う~~~ッッ!!」
あまりの痛みにうめき声をあげるお市に、
「お方さま、お気をしっかり!
 もうすぐでございますよ!!」
側にいる産婆が、市を励ます。
産屋の外では、長政が
緊張の面持ちで、そして
そわそわしながら、
産声が上がるのを、
今か今かと待っておりました。

「殿、すこしは落ち着かれませ!!
 はじめてのお子様でもございませぬのに。」
側近くに仕えし小姓がたしなめられるも、
「お市にとっては、初めての子じゃ!
 これが、落ち着いていられようか!」
と、反論されるほどに、
長政は、お市と、子の無事を願い、
子の誕生を待ち望んでおいででした。

そして。

「おぎゃぁ、おぎゃぁ!」

城内に元気な産声が響き、
「申し上げます!!
 姫様のご誕生にござります!!
 お方さま、姫様ともに、
 ご無事にござりまする!!
 殿、姫様ご誕生、まことに
 おめでとう存じあげまする!!」
と、産婆が報告した。

「よし!!ご苦労であった。礼を申すぞ!
 姫…か!!市に似て、きっと
 美しき姫に育つであろうな!
して、市と姫には、もう会っても
よいのであろうか??」
嬉しそうに、産婆に問いかける長政。

「はい!奥で、お方さまが、
 姫様とともにお待ちにござりまする。」

産婆が言うと、最後まで聞かずに
長政は、産屋へ歩を進める。