時は戦国。世は、
織田信長の手により、
徐々に、天下統一に
向かっていた。

-----永禄11年。北近江、小谷城。

「お方さま、殿がお帰りになりましてございます」
恭しく頭を下げる侍女が告げる声を聞き、
お方さまと呼ばれた女人が、こみ上げてくる
嬉しさを抑えつつ、落ち着きのある艶やかな声音で、
「そうですか。御苦労でした。」と言うと、
優雅に立ち上がり、打ちかけの裾を、
スッとさばき、廊下に歩み出た。

逸る心を抑えつつ、足早に向かったのは、
夫・北近江の守護、小谷城城主である
浅井長政が待つ本丸の一室。

「お帰りなさいませ、殿…!!
ご無事のお帰り、うれしゅうございまする。」
優雅に座り、頭を下げ、笑顔を向ける。
「ああ。お市も息災であったか?」
殿と呼ばれる、浅井長政が、
笑顔をみせる相手こそ、織田信長公が妹、
戦国一の美姫と名高いお市の方である。

「殿、わたくし…、殿に
 お知らせせねばならぬ
 ことがございます。」
お市が、顔を赤らめ、
その顔をほころばせる。
「なんじゃ?言うてみよ。」
優しく問いかける長政に、
「わ、わたくし…、お腹にややが…。
 ややを授かりましてござります」
お市は、優しい微笑をうかべ、
嬉しそうに報告する。

「なんと!!それはまことか!?」

「はい。まことにござります。
 殿とわたくしのややが、
わたくしのお腹にございます」

「でかした!でかしたぞ、市!!
 体をいとうて、丈夫な子を
 産んでくれ!」

「はい、殿!必ずや、丈夫な子を
 産んで見せまする!」