数分後。


戻って来た女将は、側にあった書き物道具を持って 再び三人の前に座った。


そして何やら名前を連ねた帳簿のような本をめくりながら思案し


暫くした後

ゆっくりと筆を取り
紙に名前を書いた。


…【京華】。


女将「…よし。今日からこれがあんたの名前や。【京子】さんいう舞妓の妹になるでな。えぇな?【桜太夫】改め【京華】や。」


京華「はい。」


何がなんだかよく分からないまま与えられた贈り名。

京子さんという人がどんな人なのかすら分からない。


だが、この優しい女将が初対面の自分のためにつけてくれた有り難い名だ。

この名を 心のそこから大事にしようと想った京華であった。




女将「さて、京華ちゃんの名前も決まったことやし… 次は仕込みさんの仕事を軽くやけど、説明するわな。 京華ちゃんも聞いてて。いくらあんたでも祇園は初めてや。せやから、舞妓として店出しするまで、最低でも一ヶ月は仕込みさんしてもらわなあかんし。」


京華「はい。」



そう。いくら芸達者な元・太夫とて 祇園流の舞や芸に関して知っていることはほとんど無い。

先輩の芸姑、舞妓達のことも知らなければ花道言葉もろくに話せないのだ。

下働きは是が非でもさせて頂くべきなのである。




女将「『仕込み』言うんは、舞妓の見習いや。舞妓はんは芸姑の見習いやから そう考えたら下っ端もえぇとこなんやけど まぁ分かっとるかな? 一番大事なんは下積みやから、しっかりおきばりやす。」



仕込みの仕事は、簡単に言ってしまえば雑用だ。


先輩の、お姐さん舞妓達の着物を洗濯したり 置屋の掃除をしたりするのはもちろん

舞妓達が座敷に上がる時には、お座敷の数時間前におとこしさんとかお兄さんとか呼ばれる、 舞妓の着付けをする人を手配して

着付けの勉強も兼ね、そのお手伝いもする。

お姐さん舞妓達に付いてお座敷まで『お見送り』するのも仕込みの仕事だ。

朝から晩までだらけやることだらけ。

そのためご飯や風呂は、空いた時に が基本。


お姐さん達への気遣いは必須だが


食事と風呂、それから寝る時間に関しては、みんなで集まって とか 順番を守って とかいう決まりはない。