食事場は、階段を降りてすぐ、目の前にあった。
ちなみに一階の階段から見て左前は正面玄関。
階段横の部屋は空き部屋のようだ。
女将には、食事の後で挨拶へ行くようにと、楓を通して伝言があった。
そうこうしているうちに着いた食事場。
大きめのちゃぶ台には椿が一人、ちょこんと座って楓たちを待っていた。
心細げに俯いていた椿だが、桜太夫の姿を見つけると 嬉しそうに顔を上げた。
桜太夫「椿、昨日はちゃんと寝れたかい?あちきが先に寝ちまったから心配したよ。」
椿「そんな…。滅相もないでありんす…。太夫こそ、よく眠れましたか?」
椿の方の言葉使いは、なんだかあべこべだ。
太夫「よく寝れたさ。寝過ぎたくらいでありんすよ。」
そう言って笑うと、楓も椿もまた同じように笑った。
一通り食事を終えると
三人は揃って中庭の奥にある女将の部屋へ。
椿が「失礼致します。」
と声をかけると
中から優しげな女性の声で返答があった。
「どうぞお入り。」
三人は、皆で正座し、「失礼します…」と頭を下げてから、立ち上がって中に入る。
これがしきたりだ。
女将「よう来はったなぁ。まぁまぁ…三人ともそこへ座って、お茶でもお上がりや。」
桜太夫「ありがとうございます。」
女将「せやなぁ…。早速なんやけどその江戸言葉をなんとか直せんか?」
桜太夫「あッ…そう、ですよね…えっと…何と言えば良いのでしょう…」
いきなり言葉を指摘され、戸惑う桜太夫だが
女将「あれあれ…。そない焦らんでも…。あんた、吉原の太夫さんやったんどっしゃろ?その時の余裕はどないしはったんどす?かなんわぁ…。」
女将はそう言ってけらけらと笑いながら、ちゃんと教えてくれた。
女将「お礼を言う時は『おおきに』て、言うたらえぇ。ほら、三人とも言うてみ?」
桜太夫/楓/椿
「お… おおきに!!」
女将「うん。えぇ出来や。その調子やで。」
顔を真っ赤にしている桜太夫たちを前に女将が優しく微笑む。
女将「わて…つまり私のことやが わてのことは『お母さん』いうて呼びや。ほんまの母にはなれんけど、そう思て接してくれたらかまへんしな。」
桜太夫「あい。」
女将「あはは。返事もか。返事は『はい』やで。えぇな?」
桜太夫「あ…ッ はい!!」