「もしかして川崎さん?」

「はい、よかったぁー覚えててくれたんですね」

「お元気そうで」

「熊谷さんもね。彼は…元気ですか?」

「……敬だよね、まぁ元気だよ」

「よかった、実は別れた後も気になってたんですよね。ほら、家事とか全然しないひとだから」



ふわふわとつかみ所のない笑顔を見せる女性はそのままの顔を彼女に向ける。



「……熊谷さんの彼女さんですか?」



いきなり話しかけられたことにも内容にも困り、彼女は小さくいいえ、と否定の声を漏らした。それにすかさず熊谷さんが割り込んでくる。



「違うよ、この子は野上小音さん―――敬の奥さんだよ」



庇うように二人の間に入った熊谷さん越しに見えた驚きと嫉妬の入り交じる綺麗な顔が、また笑顔に変わる。



「そうなんですかー、初めまして川崎と言います」

「…初めまして」

「そっかぁー、びっくりだなー。敬は一番結婚から遠いひとだと思ってたんでー」

「そう、ですか」

「はい、だって…すごく愛してくれてたから……ちょっと意外だなって」

「っ………」

「ごめんなさい、こんな話奥さんにしたらダメですよね」

「……いや」



なんとも言えない空気が漂う中、張り付けたような笑顔のままの女性がまた笑う。



「じゃあ、もう行きますね」

「………はい」

「長く続くといいですね、結婚生活」

「…………」



熊谷さんがすこし怒ったように彼女を牽制しているのを視線の端に捉える。しかしそんなことは気にもしてないようで相も変わらず川崎さんは笑顔で踵を返していった。



その後、熊谷さんが何やらフォローらしきものをしていてくれていた気がするが耳には入らなかった。


ただ彼と、川崎さんのことばかりが脳内を支配して、家に帰っても愛しいひとの目を見ることが何故かとても怖く感じた。