「長瀬」
営業室に私を呼ぶ渡部主任の声が響いた。
大好きな声のはずなのに、どうしてこうも体が萎縮してしまうのだろうか。
「見積書できてるか?」
「な、なんの見積書ですか?」
私は恐る恐る主任の方を振り向いた。
切れ長の黒い瞳にノンフレームの眼鏡をかけ、筋の通った鼻梁に薄い唇。しかし、そのクールで端正な顔が今は苛立ちで曇っている。
「上条不動産の見積書に決まってるだろ」
「あー……上条不動産!」
「昨日、朝イチで作ってくれって頼んだじゃないか。できてるんだろうな?」
昨日帰り間際、
「翌日の朝イチで」
と、主任に頼まれた仕事だった。
もちろん、今日の朝イチで作成に取りかかった。だけど、名前を呼ばれただけで萎縮してしまうほど、主任に怒られ慣れている私。
何事もなく見積書が完成しているわけがなかった。
「え、と……今、作成中です!」
「作成中って……お、まえ」
「あの、いっ、一度データが消えてしまいまして……!」
「……はぁー……」
頭を抱えた渡部主任が深いため息を吐いた。
営業室の空気が凍りつき、皆不穏な気配を察して居辛そうな顔をしている。