お前が好きなのは俺だろ?



――――――――――……



「いつ帰って来てたんだよ」



「最近よ。それでここの古文の教師に誘われたから来たの」



「ふーん。そう」



「ふふっ。相変わらず素っ気ない返事ね。……玲」



っ……



授業が終わってすぐに、資料作りを手伝ってほしいと言われ、資料室に呼ばれた俺。



「飯島先生。ここでは一ノ宮君と呼んだ方がいいですよ」



仮にも教師なんだから。



「本当に昔と変わらないわね……。そうやって冷たくあたしをあしらうのも……」



「……資料作りの手伝い、いらなそうですね。それでしたら僕は帰ります」



ニコッと笑顔でそう言い、ドアに手をかけた……瞬間。



「待って!玲っ!!」



ギュッと腕にしがみついてくる加奈子。




「……」



「あたし、ずっと会いたかったの……。ずっと玲に……」






「飯島先生……」



「だから玲……」


ゆっくりと近づいてくるピンクの唇。



「悪いけど……」



その唇を掴まれてない方の手で押さえた。



「俺さ、今大事な人がいるんだよね」



「……え」



「だからそいつ意外とはこういうこと出来ないし……したくない」



「そ、そんなっ……」



一気に潤んでくる瞳。



この瞳に何度も誘われてたっけ……


なんて思いながら、それでも心は驚くほどに冷めている。



「それにさ、先生。そろそろ猫かぶるのやめたら?」



「……」



「家庭教師してた時から、得意だったもんな。そうやって猫かぶって、男を騙すの」



「……ふっ、大人になったね―。玲」



さっきまでの儚い姿なんて微塵も感じれない、艶美なその笑み。





「あんたも、相変わらず根性悪そうな性格ですね」


「ふふっ」



昔からそうだった。



自己中心で何にでも自分が1番じゃないとダメ人。



「ねぇ、玲。昔みたいに、楽しもうよ」



俺もそれを利用して楽しんでた奴だし、何も言えないけど。



「彼女がいても黙っててあげるからさ。ね?」



昔なら、きっと断らなかっただろうな。



でも、俺は今の加奈子にこれっぽっちも魅力を感じない。



だって、俺はイジメて愛したいのは……未来だけなんだから。




「すみません、先生。さっきも言いましたけど、今の俺、その子にしか欲情しないんですよ




「っ……」



「じゃあ、さようなら」



悔しそうに顔が歪んだ加奈子をその場に残したまま、俺は資料室を後にした。





「ただいま」


「あっ、おかえり」



キッチンで料理を作っていると、疲れたように帰ってきた一ノ宮君。



「父さんたちは今日も遅いのか?」



「うん、たぶん」



「そっか……」



――ギュッ



「……え?」



後ろから抱きしめられる。



「あ、あの……どうしたの?」



「ん……甘えてるだけ」



あ、甘えるって///


「うん、やっぱりいいな」



「へ?」



「こうやって抱きしめるのは、未来がいいや」



「ううぇぇ!?」





言葉では表現できないような驚き。



「なんだよ、その返事は」



「や//だって……///」



あの一ノ宮君が甘えることさえ貴重なのに、未来がいいなんて……



頭の中で『未来がいい』が、こだまする。



「なんかさ……」



「うん……」



「うなじってエロいよな……」



「っ―……!!変態――っ!!」



料理の為にひとつ結びにしていたあたしのうなじに、チュッとキスをする一ノ宮君。




「はぁ―……これでこんな騒がれてたら、この先は大変だな」



「こっ、この先……?」



つい声が裏返る。



「ふっ、分かってるくせに」



「なっ///」



こ、この先って、やっぱりあれだよね……?





「そのまま意識しとけ」



「っ……」



「ついでに、心の準備もな」



そう言って赤い顔をしたあたしをキッチンに1人その場に残して、一ノ宮君は離れていった。




―――――――――……



「へ~、準備なんて優しいのね~。王子様は」



「や、優しいのかな?」



だってあれ以来、意識しちゃって大変なんだもん……



「だって押し倒せばいいものを、待っててくれてるんでしょ?」



「っ―……///」



「しかもあの王子様なら、甘い言葉の一つや二つ囁けば、未来はすぐに抱かれるはず……」



「うわぁぁぁぁ!智香!何を言おうとしてるの!?」



智香の口を必死に抑えて、言葉を遮る。



ここ一応教室なのに……






「つまりさ、未来って相当愛されてるのね」



「……へ?」



「だって、一つ屋根に住んでてその発言でしょ?愛されてる証拠よ」



愛されてる……のかな。



そんなこと初めて言われた。



「あらら、ニヤニヤしちゃって」



「なっ///」


「なんかイラつくな~~」



「いひゃいいひゃい!!」



頬をつままれ、そのまま横に引っ張られる。



「だ、だって、そういう風に言われたの初めてなんだもん」



愛されてるね。なんて、言われたことなかったし。



それにずっと不安な気持ちだったから…




「あんたたちさ、付き合ってることやっぱりこのまま隠し続けるの?」



「隠してるわけでもないんだけど……。でもやっぱりね……」




これから本当の家族になってしまうあたしたち。




そうしたらやっぱり隠してた方がいいんだろう。



一ノ宮君とはそういう話をしたことは無いけど、きっとそう思っていると思う。



「でもさ、それっていつまで隠し続けるの?」



「え?」



「そのままずっと隠し続けるなんて、きっと無理だと思うよ」



「そ……うだね」



本当はあたしもそう思っていた。



いつまで隠し続けるのか……



それとも、やっぱり、いつかはこの関係を終わらせる気なのかな……?



――ガラッ



その時開いた教室のドア。



「あれー?飯島先生どうしたの」



昨日と同様、クラスのムードメーカーの男の子が飯島先生に話しかける。



「あっ、昼休みにごめんね。次の授業で使う教材を一緒に運んでほしいんだけど……。古文の担当の生徒は居るかな?」



綺麗なブロンドの髪を、そっと耳にかけるその姿は、とても美しい。





「未来、確かあんた古文担当じゃなかった?」



「あっ!そう言えば!!」



なかなか古文は用事がなかったから、忘れてた。



「ちょっと行ってくるね」


「はいはい」



急いで先生の所に駆け寄る。



「あなたが担当の子?」



「あっ、はい」



間近で見ても綺麗……


大人の女性だ……



「休み時間なのにごめんね」



「い、いえ」



優しいな~



「この教材をね……あっ!」



資料室に置いてあったプリントの束を手に取って、その内の数枚が手から滑り落ちる。