「うん、お客さんの携帯データ、消しちゃったの……」
「それは、盛大に、やっちゃったな……」

 あきが苦笑した。私はうつむいた。しばらく歩いて、アパートの近くの公園に差し掛かった。

「ちょっと寄り道しようか」
「うん?」

 私の返事を待たずに、あきは公園に入る。そして、私をベンチに座らせた。自分はギターを私の隣に置いて、私の正面に立った。

「?」

 あきはにっこりと笑う。その笑顔に、とてつもない安心感を覚える。
 あき越しに見える空はすっかり日が落ちて、辺りは暗くなっていた。

「失敗は、繰り返さなければいい。失敗を忘れないで、な」
「……うん」
「でも、囚われちゃ駄目だ。前に進めなくなる」

 あきはそう言って、長い指で私の頬に触れた。そしてそっと目じりをなでる。

「この目は、ずっと未来を向いてけ」
「未来?」
「そ。過去に囚われるんじゃなくて、未来を」

 そう言って、あきは背伸びをした。そして腰に手を当て、にっと笑った。

♪ 瑠璃色に輝くのは 未来への扉
  俺達を待つ 無限の光たち
  手を伸ばせ 立ち止まるな 未来は無限大

 あきが私だけのために、新曲を歌ってくれる。

 いつも、そう。
 あきの声を聞くだけで、私の心は痺れきってしまう。私にはあきだけしかいないと、この声で私の名を呼び続けて欲しいと、そう思う。

♪ どんな辛いことがあっても 未来は俺達に
  笑顔を見せてくれているから
  諦めるなんて言うんじゃない
  電光石火の勢いで あの扉にぶち当たれ

 あきがいるから、頑張れる。
 この二年、ずっと一緒にいてくれた、私の大切な人。
 これからも、ずっと一緒にいたい。

「どうだった?」
「素敵」
「はは、真子がそう言ってくれるのが、一番嬉しい」

 あきが私の額にキスをした。