椎名里美が俺の部屋のとなりに越してきたのは、3ヶ月前。

今時、一人暮らしをするものは、防犯のため近所に挨拶にはまわらない。

里美も挨拶には来なかった。

俺も、仕事や、知り合いに会っていたりして家をあけていたからなかなか顔を合わせることはなかった。



初めて会ったのは3ヶ月前の9月の中旬。

自分の仕事が終わり、どこにも寄り道をしないで帰ってきた夜だった。

駅から出て、帰宅するであろうたくさんの人たちにまぎれながら歩く。

自分の目的地に向かってそれぞれ道を曲って行く。

気がつくと、今この道を歩いてるのは前を行く女の子と自分だけだった。


女の子は自分の十歩くらい先を歩いている。

姿勢が良い。

目を伏せてひたすら歩いている。

ひとつにまとめている髪が揺れている。

そこから見えるうなじが、夜道でも白くて綺麗だなとわかる。

曲がり角を曲がった。

自分もそこの角で曲がる。

曲がってもう少しの所がアパートなので、あの子は近所に住んでいるんだと思った。

青色のアパート。

そこに女の子が入って行った。

歩いている内に女の子との距離が近づいていたので、すぐあとに自分もそのアパートに入る。

なんだ、一緒のアパートなのか。

「こんばんは」

自分の住むアパートのなかで誰かに会ったら挨拶をするものだ。

女の子はのぞいていたポストから顔をあげた。

「こんばんは」

そう返してにっこり笑った。