その女、最強総長【完】




1.26

忘れないよ。


1.27

卓也が変。私の病室の前をうろうろしてた。


1.28


どうやら、謝りたかったらしいけど何の事かよく解らない。


1.29


今日は沢山の友達が出来た。仁さんに流羽さん、亮さんに奏さん。皆どうして泣きそうだったのかな。


1.30


蘭の所に連れてって。ねえ、蘭何処に居るの?


1.31


セイが、動いた気がする。






「一つの体なのに、まるで沢山の人が居るみたい。」

「…凛は一人しか居ないよ。」



仁はそう言って、私のお腹に耳を当てた。



「凛の、小さな体には確かにもう一人、居る。」


「そう‥だね。」



そう、私はお母さん。


この世界でたった一人のセイのお母さん。



「頑張らなきゃ。」


「……強くなったね、凛。」



仁がクシャッと頭を撫でた。


私にとってそれは、最高の誉め言葉で。


つい、頬が緩む。



「あ、セイって誰……?」


思い出した様に仁は言った。


コイツ、私の日記帳勝手に見たな。



「さぁ、誰でしょう?」



たまには、私が意地悪をしてみた。



 



「凛の浮気相手?」



眉を八の字にして、真剣に言う仁がおかしくてくすっと笑いを溢す。



「俺の事嫌いに…」



トンッと仁の唇に人差し指を置く。



「なわけないでしょ。」


「じゃあなんで浮気したの?」



泣きそうな仁の手を取って、私のお腹に当てた。



「お父さん、僕の名前はセイ。」



ちょっと下手なアフレコ。

仁、意味わかったかなあ。


「へ……?」


「星、じゃなんか可哀想だから北極セイのセイ。」


「………セイ!」



さっきとはうってかわって嬉しそうにセイの名前を呼んだ。



「あっ、動いたかも。」



そう言うと、仁は何度も何度もセイと名前を言った。





そんな時、部屋に入ってきたのはセンセだった。



「お前等、少しこっちに来てくれないか?」


「……?わかった。」



私は車椅子に乗り、仁に押して貰いセンセの後を追った。


今の私の体力じゃ、セイと私二人分も支えきれなくて2、3日前から車椅子との生活になっていた。


情けない、と思ってもセイの命もかかっているわけだからこうするしかなかった。




センセが止まった部屋は、集中治療室だった。



「……嫌っ、入りたくない。」



もう、わかった。


私の仲間の誰かが、危ない状態だってこと。


蘭が最後に生きたのだって、この部屋だったもの。



「どうする……?」



仁に問われる。



「いっ、行く……」



入りたくない…けども。


もし、この人と逢うのがこれで最後になってしまうのならば。







通路に入ると、目を赤くしながら啜り泣く叔父さんと叔母さん。

そしてその二人の視線の先には、厚いガラス越しに見える。



「‥‥卓…也」



だった。


一番、予想外の人。




だって、卓也はこの前まであんなに元気だったじゃない。


適当な関西弁喋りながら笑って、たまに泣きそうな顔するけど、それでも一生懸命生きていたじゃない。



「すいません。」



掠れた声が耳に入る。



「貴女、もしかして凛ちゃん…?」



目の前には卓也のお母さんだと思われるさっきの泣いていた叔母さんが私に話掛けていた。



「そう、です。」


「卓也からよく話を聞いてたわ。あの子凛ちゃんがとても大好きでねえ。何時も口説く練習してたのよ。」


こんな時に不謹慎かもしれないけど、ふふっとつい笑ってしまう。






「でね、凛ちゃんも蘭ちゃんも居なくなっちゃった時にわんわん泣くのよ、あの子、子供みたいに。」


「………ッ」



あの時、苦しかったのは私、だけじゃなかったんだね。



「また、一人になっちゃった。って。」



何で、私は辛い時彼の側に居なかったんだろう。


後悔に襲われ、何でか涙が溢れる。



「でもね、ある時プツリと泣くのを止めてね。こう言ったの。」


「お笑い芸人になるって。」



その時のことを思い出す様に言う叔母さん。



「それを聞いた時には目を丸くしたわ。なんで?って聞いてみたの、そしたらね、卓也…




 




次、凛ちゃんに会った時、凛ちゃんを沢山笑わしてやりたいんや。



だって俺、凛ちゃんの笑顔が世界で一番大好きやからな。


って……」




 



「だからね、凛ちゃん。」 



私の頬を伝う雫を、叔母さんが持ってきたハンカチで拭き取る。



「こんな顔じゃ、卓也が悲しむ。」



左右の頬を引っ張られる。


「凛ちゃんは、笑顔が一番なんや。」



卓也の真似をする叔母さんが面白くて、私は偽りの無い笑顔を浮かべた。



「卓也、私の笑顔ちゃんと見えてるかな。」




早く、卓也に沢山笑顔を見せたいよ。






卓也は頑張った。

頑張ったよ。



私は卓也を最後まで見守り、最後まで笑顔で居た。



ここから先は家族だけで、居て過ごして欲しいから私は病室に戻ろうと部屋を出た。



「………咲也くん。」



ドアの前に居たのは、咲也くんだった。



「凛ちゃん、お兄ちゃん知らない?」



何も知らない、咲也くん。

何て言ってあげれば良いのか、解らない。



「凛ちゃん、凛ちゃん、どうして何も答えてくれないの?」



子供って、残酷だなあと思う。