「今日はずいぶん薄着なんだな」
「もう、春だから……。ほら桜が咲いてる」
二人で覗き込んだ水面は、桜並木が続く道を行く一人の少女を映していた。
紺色の洋装を着、肩までの髪を揺らし、少女は桜並木の下を歩いていく。
意思の強い漆黒の瞳をした少女は、まだこの国を知らない。
藤壺によく似た面立ちの少女は桜並木を見上げて目を細めた。
その様子を見て藤壺も目を細めて微笑んだ。
大きな漆黒の瞳、長い睫、桜色の唇が水面に映る少女の名を呼んだ。
「ゆかり……」
「……ゆかりで最後だからな。たまにはちゃんと自分のために祈れよ」
苦しそうな顔を一瞬だけ見せ、蓮はぶっきらぼうに呟いてそっぽを向いた。
そんな蓮に藤壺は柔らかい笑みを向け素直に頷いた。
「えぇ、わかってる……」
湖のほとりにも、いつの間にか桜が咲き乱れ、春の訪れを知らせていた。
藤壺にとっては、この国で見る最後の春が訪れたのだ。